第39話百鬼夜行

原始の魔女リリスとなったコバヤシ少女は視線を小野寺にむけ、微笑した。

その魅力的すぎる笑みを見た瞬間、小野寺の思考は一つに占拠された。


この美しい顔をずっと見ていたい。


肉厚の赤い唇にアーモンド型の瞳。

長いまつげ。

ふっくらとした白い頬。


もう、戦いなどどうでもいい。


目の前のこの女の顔をずっと眺めていたい。

心の中心を焼き尽くす強烈な欲求。

とうていあらがうことができない。

魔女リリスが持つ魔力のひとつ魅了である。

彼女は視線をおくるだけで、無意識にその魔術を発動させるのである。

通常の男性ならその魔術に対抗することはできない。

陸軍のエリートである小野寺もその例外ではない。


パチン。


小野寺の眼前で時昌は指をならした。

不思議なことにその音をきいた瞬間、小野寺は我に帰った。

大きく息を吐き、キョロキョロとあたりを見渡した。

「ちょっと味方を虜にしないでくれるかしら」

時昌は苦情を言う。

「あら、珍しい。我に魅了されない人間がいるなんて」

鼓膜にこびりつき、とれなくなるのではないかと思われる美声でリリスは言った。

「東洋の魔法使いをなめてもらってはこまるわ」

ほほほっと笑い声を足しながら、時昌は言った。

「すまない……」

と謝る小野寺に

「かまわないわ。普通の男ならたえられないものね」

と時昌はこたえた。

「おまえは普通ではないのか」

「そうね、私は普通じゃないの」

ふふっと微笑する時昌である。


空中で制止する出口なおは下界の魔女と魔法使いと軍人を見下ろしていた。

その目の冷たさは道ばたのゴミを見るのに等しい。

彼女にとって彼らは、目的を阻害する石ころに過ぎないのかもしれない。

魔王を降臨させ、この国を支配させ、来るべき破滅の未来を回避するという目的の。

出口なおには彼らの行動ができない。

国の未来にくらべれば彼らが守ろうとする男女など、ほんのちっぽけな存在だというのに。

「貴様らを駆逐し、私は目的を達成する」

静かに、出口なおは宣言した。


巫女姿の女の言葉を聞き、そうはさせないと静かに時昌は誓った。

胸元で手印を結び、高い音律と低い音律を交互に繰り返す呪文を唱えた。

まるで、歌のようだ。

その呪文を聞き、小野寺は思った。

懐から短刀を取り出し、時昌はそれを自らの白い右手首に当てた。

そして、それを一気にひく。

赤い鮮血が空に舞う。

どくどくと大量にばらまかれ、地面に舞い散る。

それは自動的に円形に変化し、魔方陣へと形成された。

赤黒く不気味に光る。

「きたれ、百鬼‼️‼️」

彼らしからぬ大きな声で、時昌は叫んだ。


魔方陣からは無数の妖魔妖怪が溢れ出す。

時昌は自身の血液を触媒にして、悪鬼羅刹を現世に召喚した。

平井夢子が沙悟浄を呼び出したのと同じ呪法である。

自らの魂と命を原材料に現実世界に異世界の住人を呼びだし、使役するのが時昌の流派の奥義であった。


魔方陣からまず現れたの大木のように太い両腕であった。大地をつかみ、這い上がる。

紋付き袴を着た二メートル強の大男であった。髷すがたに太刀を腰にぶら下げた侍だ。

額に目がある三つ目の巨人であった。

「山本五郎左衛門推参」

巨人は低く大きな声で言った。


するりするりとどこともなく現れた男がいた。古い和服をきている。しわだらけの顔に傷のような細い目。両手を懐にいれ、ちらりちらりと時昌の厚化粧の顔を見た。

「わしを呼んだか。わしを呼んだのう。いいじゃろう、いいじゃろう、このぬらりひょん役にたつぞう」

しわがれた声でぐふふという含み笑いを混ぜながら、老人は言った。


コーン、コーン。

かん高い声が周囲に鳴り響いた。

次に現れたのは巨大な狐であった。白い豊かな毛を持ち、瞳は血のように赤い。そしてその尾は九本であった。

九尾の狐は空中で回転し、人へと変化した。

花魁のように豊かな黒髪に何本ものかんざしをさし、蝙蝠がらの派手な着物を着ていた。胸元を大きくはだけさせており、豊かな胸元があらわだった。

深い胸の谷間からキセルをとりだし、口にくわえる。

赤い舌でぺろぺろとキセルの吸い口を舐めたあとそれを吸い、ふうと白い煙を吐いた。

「玉藻じゃ、よしなにの」

ふふっと妖艶な笑みを浮かべ、その女は言った。どことなくではあるが、その容貌は時昌に似ていた。


とことこと遠藤に歩いてくる人物がいた。

どうやら、少年のようだ。

丸坊主に白い肌。着ている和服も白い。手にざるを持っていて、そこには何故だか、豆腐が乗せられていた。

「食べる?」

と言い、遠藤に差し出す。

遠藤はそれを受け取り、一口食べた。

「うまいな」

短い感想を言うと、少年はにこりと微笑んだ。


おちょこに手足が生えた生き物。

とっくりに手足が生えた生き物。

粗末な腰布だけを着けた小鬼。

火を吹き、空中を舞う車輪。

白く長い布に人の目だけがついた木綿布が空を飛んでいた。

大正の世を生きる魔術師平井時昌はありとあらゆる妖怪妖魔を現世に呼び出した。

その光景はまさに百鬼夜行であった。

魔女リリスは時昌の手をとり、傷口をゆっくりとねっとりとなめとった。

奇妙なことに止血され、傷口が塞がっていた。

「不味いわ、それに苦い。ダッキの血が混じってるじゃないの」

眉ねをよせ、口を尖らせ、魔女リリスは言った。

「ふふっ内緒よ」

一瞬だけだが、時昌の瞳は赤く輝いた。だごが、それはすぐにもとに戻った。





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