第34話剣客の矜持

静かに抜刀し、剣客滝沢はあるかまえをとった。

右手には霊剣ジェラール。

左手には愛用のボーイナイフ。

両腕をだらりとたらし、膝を少しまげ、爪先だけで立つ。

拳法でいう猫足立ちという構えに近い。

いかなる方角からの攻撃にも対応できるように身につけたものである。

機に臨んで応じて変化し、その変化に応じていく。

それが、長い戦いの経験から、導きだしたある種の答えであった。


シャアアッと黒猫のフィガロが奇妙で奇怪な鳴き声を発しながら、こちらを見ている。


目があった瞬間、黒猫はシュッという乾いた音だけをのこし、消えた。


眼前にせまるのは、凶悪な爪であった。

普通の人間なら、一撃で絶命するほどに鋭い爪であった。

その銀色の爪を滝沢が視認するとほぼ同時に霊剣ジェラールは反応し、迎撃していた。

黒猫の爪は霊剣によって行動を阻まれ、弾き返した。

ガチャンという金属音がうるさく鳴り響く。

柄のサファイアが紅く輝く。

黒猫を嘲笑うようだ。

なるほど。

これが、この霊剣の力か。


剣撃の自動発動。


意思のある霊剣ジェラールは敵からの攻撃に対し、自動的に反応し、迎撃する。

無論、ジェラールの反応速度についていくには、持ち主の充分な技量が必要になる。もし、未熟なものがこの霊剣をもてば、振り回されたあげく、自滅するだろう。


面白い。

剣客滝沢は思った。

使いこなしてみせようではないか。

にやりと口角をあげ、不敵は笑みを浮かべる。


弾き飛ばされた黒猫は、空中で回転し、着地した。

すぐさま、地面を蹴り、両腕を振り上げ、第二撃目を繰り出す。


刹那の時間。

滝沢の脳内にある記憶がよみがえった。

なぜ、この瞬間にそのときの出来事が思い出されたのか、それはわからない。

もしかすると勝利への単純な欲求がそうさせたのかもしれない。


少年の頃の記憶である。

新撰組でいちばん強かったのは誰ですか?

素朴な疑問であった。

滝沢は剣の師匠である永倉新八に訪ねたことがある。

その問いを受けた永倉は、親指を自分の分厚い胸板にあてた。

「俺だ」

と短く答えた。

そのあとに彼はこう続けた。

「確かに剣の腕だけなら、沖田や土方のほうが強かった。斎藤もそこそこ強かったがやつの剣はどこか暗い。ありゃ、いかん。俺はくらいのは好かん。いいか、強いというのにも種類がある。だがな、それもこれも死んだらおしまいさ。世の中、生きてこそだ」

にかり、と白い歯を見せ、滝沢少年のだした白湯をすすった。

「しかし、沖田は強かった。奴の繰り出す三段突きは、文字通り目にもとまらないはやさだったよ」

そう永倉は付け足した。

その言葉を聞き、あの心地よいまでの自信家の師匠に、強いと言わしめる沖田総司の三段突きを再構築してみたくなった。

そして、それは自分の流派をつくりあげる夢へと変化していった。

剣を持つものなら、誰しもが持つであろう。

剣客滝沢の剣術の理念は生き残ることである。

そのためなら使える武器は何でも使い、ときには勝つことよりも生きることを優先させることもある。

恐らく、自分の技を誰かに教えることはあるまい。

それでもかまわない。

今回の戦闘も生き残る。

それが、最終的な勝利につながる。

彼がもつ、剣客の矜持であった。


黒猫フィガロの凶悪な鉄爪が眼前まで、迫っている。

迎え撃つため滝沢は右腕の霊剣を後方に引き絞った。

全力を持って突き出す。

霊剣ジェラールはその動きにこたえ、速度を加速させる。

滝沢の右腕に信じられないほどの負荷がかかる。

苦痛のため、滝沢の顔が少し歪む。

そして、それを三度繰り返す。

普通の人の目にはそれは、ほぼ同時に見えるだろう。

剣客滝沢はこの技をこう名付けた。


鳴滝流剣闘術三ツ星


猛烈な速さで霊剣の切っ先が黒猫の胴体に叩きつけられる。

しかも三度もだ。

黒猫は避けきれず、そのすべての攻撃をその身にくらった。

胴体に拳大の風穴があき、空中にさまざまな部品を撒き散らす。


ギイヤァァァ。


耳をおおいたくなるほど醜く、無様な叫び声が鳴り響く。


成った。


長い戦いの人生でついに彼は完成させた。かの沖田総司にも負けじとも劣らない三段突きを完成させた。

代償として右腕の血管の何本かを持っていかれたようだ。

内出血がひろがり、鈍い痛みが、右腕を支配している。


だが、かまわぬ。


不敵な笑みを浮かべ、滝沢はかまえなおす。

黒猫はむくりと起き上がった。

アガアガアガと奇妙な鳴き声を発していた。

「あらあら、無様ですわね。フィガロ。人間一匹殺せないなど一座の恥さらしですわ」

金魚のクレオが傘をくるくるとまわしながら、言った。

「お、おのれ、人間め」

口から機械油を吐きながら、フィガロは言う。

両手を振り上げ、必殺の構えをとる。

「次で仕留める」

冷静に滝沢はいう。

「奴はまかせます」

軍帽をかぶりなおし、戦いの邪魔をさせないため他の人形たちへ警戒をむける。

「すこし、時間をください。とっておきの術を完成させます」

と夢子は言い、複雑な手印を結び、思念を集中させる。一瞬にしたトランス状態にはいった。


黒猫のフィガロは再度、地面を蹴った。

かつてないほどのは速さで滝沢めがけて襲いかかる。

風切り音が鳴り響く。

だが、その行動のすべてをはっきりと滝沢は視認していた。

達人になると相手の行動が線となって浮かぶという。

滝沢の両の目には、黒猫のフィガロの行動線がはっきりと映っていた。

後はその行動線の到達点に剣撃を叩き込むだけである。

剣客滝沢は両腕を後方に最大限引き絞り、刺突を繰り出す。

両手剣での三段突き。


鳴滝流剣闘術六曜。


一瞬にして六撃もの刺突をくらった黒猫人形は完全に破壊され、こまかな部品を空中にばらまきながら、停止した。

技を繰り出した滝沢の両腕からうっすらと血が流れる。彼もまったくの無傷ではなかった。

両目を残した顔半分だけが北一輝の足下に転がっていった。

その目にはとごとなく哀願のいろが感じ取られた。

無慈悲にも北一輝は、

「無様」

の一言を言い、黒猫のかすかに残った一部分を踏みつけ、破壊した。







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