第9話 自動人形
「気づかれちゃったのかな。まあ、いいや。じゃあ、今度は避けられるかな」
ドアの外から、かん高い女の声がそう言った。
ドアの左右のほんのわずかな隙間からなにかが侵入してきた。
髪の毛なみの細い糸状のものが室内にはいってくる。
ドアの上下いっぱいに広がっている。
「夢子、志乃さんをまかせた」
司は言う。
「はい」
短く答え、志乃の前に守るように立つ。
すまなそうな顔で志乃は夢子の瞳を見た。
「気にしないで、これでも夢子は軍人さんなんですからね」
とウインクをして答えてみせた。
すまない気持ちで志乃のこころはいっぱいだった。
自分よりも若いであろう夢子が、健気にもこの世のものではないものと闘おうとしているのに自分は何もできない。
左右にドアの隙間から黒い線状の物質は猛烈な速さで半円を描き、司に襲いかかる。
手袋を司は装着した。
手の甲には梵字が描かれている。
夢子の師匠が作った退魔の手袋である。
黒く細い線状の物質は司を殺そうと、彼の両側から攻撃を開始した。
おそらくではあるが、黙っていれば、身体を両断されるだろう。
それはそれほどの鋭い光を放っていた。
「やっ」
短い掛け声とともに司は手刀を全力で振り下ろした。
カンッという金属音が部屋中に響きわたる。
線状のそれは司を殺そうと何度となく刺突を繰り返す。
そのすべてを司は弾き返した。
火花が舞い飛び、部屋が焦げ臭くなる。
「硬いのう」
司の脳内に声が語りかける。
「少し、力を貸そうか」
それはいった。
目の下に血管がぐいっと浮かび上がった。
全身の血液が沸騰する感覚。
心臓が激しく鼓動する。
呼吸が激しくなる。
両腕に人以上の力が湧いてくる。
鬼の力だ。
力いっぱい司は手刀を叩きつけた。
鬼の霊的な力を感じとり、手袋の梵字が輝いた。
この手袋は霊的な力を具現化できるものである。
司は何物をも破壊する力を念じた。
手袋はその念に答えた。
代償は彼の生命力である。
鬼の力も生命力を消費する。
この手袋は絶大な力を発揮するが、その代償も大きいのである。
バリバリバリバリ。
黒く、細い鉄のようなものを一気に切り裂いていく。
床にバラバラと舞い散った。
一度破壊したそれは完全に動きを停止した。
司はふうっと大きく息を吐き出した。
その攻防を見ていた夢子の右肩に一陣の風がまった。
体長30センチほどの青く濡れた蛇のような生物が現れた。
夢子の使い魔である蛟だ。
蛟はドアの外の様子を夢子の脳内に投影した。
念写の一種だ。
黒いフリルのついた服を着た大きな人形がたっていた。
何故人形かとわかるかというと、その大きな瞳にはまるで生気というものが感じられなかった。青く美しいのだが、それは人工的なものであった。おそらくはガラス玉かなにかであろう。
両腕の先が奇怪であった。大きな筆のようなものがついている。
ただ、その筆は毛ではなく、極細い針金のようなものに見えた。
不気味だ。
夢子は思った。
その人形に誰かが近づいてくる。
燕尾服の老人。
右手にはサーベルを持っている。
「ダメッ、滝沢さん」
悲鳴に近い声で夢子は言った。
いくらサーベルをもっているとはいえ、普通の人間があのような奇怪きわまりないものに接近してはいけない。
彼女はそう思った。
だが、司は違った。
「司さま、外に変な人形がいます。それに騒ぎをききつけたのでしょう。滝沢さんが危ないです」
夢子は司に言った。
それを聞き、あろうことか司はにやりと笑みを浮かべた。
「滝沢さんはサーベルを持っていたか」
ときいた。
「はい……」
「なら、勝利は間違いない」
そういうと司は部屋のドアを大きく開け放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます