第2話鬼の眼
軍服の男は残りの二人を見た。
「彼は帝国陸軍が保護する。君らは、殺人の現行犯で身柄を拘束させてもらう」
と言った。
「おいおい、なんだ、おまえは。横から入ってきてなに言ってやがる」
汚れた背広の男が言い、するりと胸ポケットに手を滑り込ませた。
拳銃を取り出し、身構える。
「こいつが見えるよな。そいつを渡してもらおおうか」
もう一人の男は、ナイフを身構えている。
「俺らも仕事なんでね。軍人さん、そいつを渡してもらおうか」
見た目に反して、まじめなことを言い、背広の男は手招きした。
「嫌だと言ったらどうする」
と黒い軍服の男。
「その神父さんと同じ目にあってもらう」
そう言い、拳銃の引きがねをひこうとする。
その刹那。
黒い軍服の男の眼が紫色に変化した。
アメジストのようにキラキラと輝き、美しい。
パンッと渇いた音をたて、弾丸が発射された。そのままの弾道なら、確実に軍服の男の胸に命中していたであろう。背広男の射撃の腕はなかなかといえた。
だが、そうはならなかった。
軍服の男は左半身を後方に引き、弾丸をかわした。
弾丸は床にめり込んだ。
白い煙をあげて。
男たちは驚愕した。
軍服の男は弾丸を見て、かわしたのだ。とんでもなくすばやい身のこなしで。
弾丸をかわした後、床を蹴り、背広男に密着する。
右拳を鳩尾に叩きつける。
「ぐえっ」
短い声をあげ、背広男は気絶した。
間髪入れず、頬に傷のある男が、上段からナイフで襲いかかる。
傷男は見た。
自分がナイフを振り上げたときには、すでに拳が顎先に命中していたのだ。
なんという速さなのか。
大きく脳を揺らせれ、傷男も泡を吹き、気絶した。
紫色に耀いていた瞳がもとに戻る。
ものの数秒で凶悪な男たちは強制的に意識を失う羽目になっていた。
軍服の男は志乃に近づき、彼の肩を抱き起こし、
「ひどい目にあったな」
と言った。
志乃は安堵の息を吐き、軍服の男の腕に抱きついた。
「司さま~、司さま~」
妙に間延びした女の声がする。
壊れたドアから大きなリュックを背負った人物が入ってきた。
見た目は、少年とみまちがえるだろう。
頬が赤く、小柄だ。
だが、その胸元が明らかに少年ではなかった。
大きく膨らんだそれは、絶対に男のものではなかった。
服装は彼女が司と呼んだ人物と同じ、闇を切りとって染め上げたような色の軍服。
ただ、大きすぎる胸にサイズを合わせたため、他の部分がかなりたるんで、だらしない状態になっていた。
大きな胸をゆらしながら、
「ハァハァ、やっと追い付きましたよ。司さま、走るの早すぎですぅ」
吐息混じりに女性はいった。
「仕方ないだろう。そうしないと間に会わなかった」
と答えた。
「その人が、鬼眼で見えた人ですか?」
「そうだ、夢子。彼が、小野寺のレポートにあった人物に間違いない」
ふーんと夢子は言い、志乃の顔をまじまじと眺めた。
「それにしても、凄い美人ですね」
と言った。
大きな軍帽を夢子はかぶりなおす。
「司さま、こいつら……」
汚れた背広を着た男がたち上がっていた。
下腹部が異常に膨らんでいる。
腹のなかで何かが、動いていた。
ぐるぐると動きまわり、今にも腹を引きちぎり、外に飛び出そうとしていた。
「司さま、ちょっとまずいかも知れませんね」
夢子は言う。
「そうだな」
背広男の奇妙な腹の動きを見ながら、司は答えた。
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