第36話人形ピノキオ

イタリアの伊達男ピノキオは、すっと歩を進める。

まるで足音がしない。

そして、ふっと消えた。

音よりも速い。

風だけが残る。

文字通り一瞬にして間合いをつめ、司の前にあらわれる。

視線が合う。

宝石のように美しい、青い瞳をピノキオは持っていた。

紫色の鬼眼で迎え撃つ。

小型のナイフが司の頬をかすめていく。

紙一重でかわした。

うっすらと赤い線が頬に浮かび、血が流れる。

流血も気にとめず、司はピノキオの顔面めがけて、正拳を叩きつける。

しかし、その時にはピノキオの姿は司の目の前から消えていた。

「危ない、危ない。当たったら、死んじゃってたかもね。当たればだけどね」

皮肉な笑みをたたえ、ピノキオはすでに司の背後にまわっていた。

シュッという風切り音と共に剣激が繰り出される。

滝沢であった。

必殺の一撃に見えたそれも軽々とかわすと、ピノキオは二メートルほど後ろに飛び退いた。


大さす又を頭上でぐるぐると振り回すと霊山大将こと沙悟浄は白鯨のモンステロに突撃した。

人の大きさほどあろう拳を振り上げ、モンステロはそれを沙悟浄に振り下ろした。

その巨大な拳から発せられるエネルギーにより、小型の竜巻のようなものが発生していた。

その竜巻は周囲の土や小石を巻き上げ、ばらまいていた。

大さす又と拳が空中でぶつかる。

力は拮抗し、一進一退する。

半歩沙悟浄が後ずさる。

少し、力が弱まった。

貧血のため夢子が膝を屈し、よろけていた。

倒れる寸前であった。

沙悟浄は現世での活動力を夢子から得ているため、彼女の体調に同調するのだ。

駆け寄り、志乃は夢子の体をささえる。

「大丈夫ですか」

「ええ、ありがとう志乃さん。まだ、まだここでは倒れられないよ」

青い顔で夢子はそう言い、志乃の体につかまり、体勢をととのえた。

「青鬼さん、助けて」

隻腕の青鬼に志乃は懇願した。

「ふふっ、もとよりその契約だ。流砂の王と闘えるとはこんなに嬉しいことはない」

地面を蹴り、青鬼茨木は駆けた。

残された右腕でモンステロの拳をつかむ。鋭い爪がくい込んで、ぼろぼろと白鯨の皮膚をはがしていく。

白鯨の拳の力がほんの少し、ゆるんだ。

その隙を見逃さず、大さす又を沙悟浄は敵の拳に突き刺した。それは白鯨の肘まで達した。

大さす又を引き抜き、頭上、最上段にかまえ、一気に振り下ろした。

すでにぼろぼろになっている白鯨の腕めがけて。

ガチャンという鈍い音と共に白鯨の右腕は切断された。

地面に多種多様な部品をばらまいて。


白鯨の背後から何者かが飛び出した。

金魚のクレオだ。

彼女は傘の先端を隻腕の鬼に向かってうちつける。

青鬼は手の甲でそれらを凪ぎはらう。

幾度となく刺突をクレオは繰り出すが、そのすべてを青鬼茨木は払いのけた。

暴風と共に大さす又を突きだすのは沙悟浄だ。

ふわりと飛ぶとクレオは大さす又の上に着地した。

大さす又の上を駆け、沙悟浄に対して必殺の一撃をくり出す。

かっと大口を開け、沙悟浄は猛烈な息を吐き出した。

それは熱風であった。

灼熱の砂漠の熱風だ。

凄まじい勢いでその熱風をくらったクレオはふきんだ。

彼女の可憐な顔と美しい金髪は熱風のためちりちりに焦げていた。

空気が焦げ臭い。

片腕になったモンステロがクレオを抱き止める。

大さす又を拾い上げ、沙悟浄は二人に対して、突進した。

ほぼ同時に茨木も地面を蹴り、突撃する。

ぐるりと腕を回し、クレオを内側に抱き込んだ。

「やめろ、モンステロ‼️」

クレオは甲高い声で叫ぶが、モンステロはそれをやめない。

沙悟浄の大さす又がモンステロの下腹部から背中にかけて貫かれた。ネジや歯車が後方に疾風と共にふき飛んだ。

がくりとモンステロは膝をつく。

そうなってもモンステロはクレオかばうのをやめない。

「ゼペット座長をお守りしろ」

蒸気と共にモンステロは声をだす。

じたばたとクレオは動くが抜け出せない。

「敵ながら天晴れじゃ」

手刀をモンステロの首に叩きつけ、茨木は言った。

手刀はゆっくりと首にくい込んでいき、一気に引き抜かれる。

白鯨の巨大な首は天空に向かって吹き飛び、やがて地面に落ちた。

白鯨のモンステロは活動を停止した。


冷ややかな目でその光景を見たピノキオは

「所詮戦前の代物か」

とぼそりと言った。

そのすぐ後、風だけを残し、ピノキオはふたたび消えた。

瞬きの何百分の一の時間の後、ピノキオはまたもやナイフを司に突きつけた。

紫色の瞳がさらにひかる。

頬に血管が浮かび、鼓動が極限まで高まる。

うっすらと額に二本の角が浮かびあがる。

ぜえぜえと呼吸が荒い。

鬼の力を極限まで引き出しているのだ。

司の生命力を代償として。

ハハハッッ。

脳内に朱天童子の声が響き渡る。

あろうことか、司はナイフごとピノキオの攻撃を受け止めた。

ナイフは手の甲を突き抜け、鮮血が舞う。

阿修羅の手袋を血に染めながら、司はピノキオの拳をつかんだ。

「動きをとめたぞ」

ピノキオの端正な顔が驚愕に歪む。

右拳をピノキオの腹部に打ち込んだ。

メリメリと鬼の力が込められた拳はくい込んでいく。バチバチという火花が散る。

司は見た。

それは電気の火花であった。

他の人形たちとはまるで違う器械がそこにはうごめいていた。

ドロリとした黒いオイルのようなもので拳がよごれる。

「見たかね。そうだよ、僕はサイボーグなんだ。第二次世界大戦を回避させるためにフォン・ブラウン博士によってこの時代に送りこまれたのさ」

聞いたこともない言葉を司はピノキオから聞いた。その言葉たちは理解の外のものばかりであった。



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