第17話 乱戦混戦
腰に手をあて、天勝を名乗る奇術師は金髪の自動人形を見ていた。
まるで値踏みするような視線であった。
「貴様らは何者だ」
小野寺が人形に問う。
少しでも情報を引き出す必要がある。
敵を知り、己を知れば百戦あやうからずである。
フフッと人形は不気味な笑みを浮かべる。
「あら、そういえばまだ名乗っていませんでしたわね。それでは」
両手でスカートの端をつまみ上げ、少しだけ腰を下げる。
「私の名はクレオ。ゼペット一座のかわいらしい金魚のクレオ。私の名前の前には、かわいらしいか愛らしいをつけてくださいませ。あらっ、でも死にいくあなたがたには無駄ですね」
にこりと人形は笑う。
ホホホッと。
文字通り作りものの笑顔。
人形クレオは右手をつき出す。
それが、突然伸びた。
槍のような形になる。
天勝の顔めがけてつき出される。
一瞬であった。
人形の手が天勝の端正な顔につきささり、割れたざくろのようになるはずであった。
だが、そうはならなかった。
驚異的な身体の柔らかさでそれをかわしたのだ。
ほぼ九十度に近い角度でのけ反り、それをかわした。信じられないほどの身体のやわからだ。
ただ、避けきれなかった部分がある。
人よりも大きく形の良い胸だけが、例外だった。
人形の手が胸元をかすめていく。
中華服の布地が裂けた。
裂けた布地から、左胸の下半分が姿をあらわした。
夢子はまたもや驚愕する。
あの胸は本物だ。
いったい全体どうなっているのだ。
夢子の驚愕をよそに元の姿勢に戻った天勝は、小瓶を持っていた。
小野寺が教会で使ったものだ。
いつの間に、そう思い小野寺は胸ポケットをさすった。
器用に親指だけで小瓶のコルク栓を開けると空中に中身である火薬をまいた。
大きく息を吸い、一気にはいた。
どういう原理かわからないが、火薬に着火し、爆発した。
ちいさな爆風が巻き起こり、金髪人形を燃やす。
やったか。
小野寺は思った。だが、それは希望的すぎた。
人形金魚のクレオは、面倒くさそうに手で煙を払いのける。ちりちりと髪の一部が、焦げたに過ぎなかった。
「あらあら、私の自慢の髪が台無しですわ……。許しませんわ」
ぎろりと金魚のクレオは奇術師を睨んだ。
「三歩進みます」
司は滝沢に言った。
「承知」
と剣客滝沢は答える。
僅か三歩。距離にして一メートル強。短い距離であるが、その距離を前進するのがいかに困難か二人は知っていた。
男の子の姿をした人形が飛びかかってきた。口をガクガクと震わせ、司に噛みつこうとしている。
右拳をかためる。すでに呪法の手袋は装着ずみである。梵字が、きらりと輝く。瞳が紫色の光を放つ。
人形の顔面めがけて拳を撃ち抜く。
部品をばらまき床を跳ねていく。
続けざまにもう一体が襲いかかる。
着物を着た男だ。滝沢につかみかかろうとする。だが、滝沢のほうが速い。右胸と首にボーイナイフを斬りつける。
人形の右胸に風穴が空き、首がちぎれ飛ぶ。
実は、滝沢は手首にも狙いを定めていた。
三段突きをする予定だった。
かの沖田総司のようにはいかないか。
苦笑し、滝沢は思った。
二人は歩みを三歩進めた。
夢子は志乃とコバヤシ少女の手首をつかみ、三歩分の隙間に滑り込んだ。
「二人を頼むぞ」
ちらりと、夢子を見て司は言った。
「はいっ」夢子は承諾した。
金魚のクレオは大きく口を開けた。ガチリと牙が生えた。その牙で小野寺たちを噛みちぎろうというのだ。両手をあげ、今度は小野寺につかみかかる。
超至近距離で小野寺はモーゼル銃を撃つ。だが弾丸はクレオの頬にあたり、弾かれた。
「くっ」
小さくうめく。
「油断大敵ですよ」
天勝の良く通る声が響く。
小野寺は声の方を見た。
天勝はクレオの両肩の上にたっていた。豊かな胸の前で腕を組ながら。
そんな、つい最前まで隣にいたはずなのに。
いつの間に。
小野寺は驚愕した。
クレオは口を開けたまま、上を見た。
まさしくそれが油断であった。
火薬の入った小瓶を彼女は指でつまんで持っていた。
それを金魚のクレオの口に落とし入れる。
どこからともなく天勝はマッチを取り出した。
空中で二度ほどふると何故だか分からないが、ポッという音をたて火が着いた。それも口のなかに投げ入れた。
天勝は人形の頭頂を踏みつけた。強制的に火薬に着火した。
ボオンという音をたて、人形の頭が爆発した。
ひらりと舞い降りる天勝。着地の音はほぼないに等しい。
その姿はまるで蝶のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます