第18話 援軍

大勢の敵に囲まれても慌てることはない。それが狭い室内なら、なおさらだ。どんなに敵が多数いても一対一にもちこめば良いのだ。

しかし、池田屋の時は苦戦させられたよ。なんせ頼みの沖田は血をはくし、平助は頭をやられるし。土方が来るまで俺と近藤さんで何十人もの志士を相手にしなくてはならないんだからな。

滝沢は師である永倉新八の言葉を思い出していた。


人形の一体が大きく口を開けた。顎ががくりと外れる。

赤い舌が見えた。

カッという声を発し、その舌が伸びた。

鞭のようだ。

鞭のような舌がナイフを持つ滝沢の右手に絡んだ。

舌はナイフごと絡んでいる。

かなりの力で滝沢の腕を引っ張っている。

引きずられないようにするのが精一杯だった。

「ハハハッ。剣を止めたぞ」

どういう原理かわからないが、人形はしゃべった。

滝沢は冷ややかな目で人形を見る。

床を蹴り、一気に距離を縮める。

人形の腹部を蹴りあげる。

少しだが、人形の身体は宙に浮いた。空いている左拳で顔面を殴りつける。

ぐへっという声をあげ、人形の顔が歪む。

いきおいで舌が外れる。

拘束をとかれ、滝沢はボーイナイフを人形の首に斬りつけた。

人形の首ははね飛ぶ。

続けざまにもう一度人形の腹部を蹴りあげた。

床を滑っていき、動きを止めた。

「この程度ではとめられんよ」

と滝沢は言った。

勝つためならどのような戦いかたでもかまわない。

剣士だからといって剣にこだわることはない。

それが永倉新八から教わった新撰組の戦法である。

もとの位置に戻り、司と背中合わせになる。

司も一体の人形を床に叩きつけ、粉々にした後だった。

「きりがありませんな」

滝沢は言った。

「しかし、すべて駆逐せねばなるまい」

司は答えた。

「息が上がってませんか」

微笑を浮かべ、司は聞く。

「なに、余裕です。この程度旅順の戦いに比べれば子供の遊びですよ」

剣客は皮肉に笑い、答えた。


プスプスと煙をあげ、金魚のクレオはうなだれている。

顔をあげ、歯やネジなどの部品を吐き出す。

その端正な顔がひび割れ、人工の皮膚がばらばらと落ちていく。

「よくもよくもよくも」

そういう度に、いろいろな部品が落ちていく。

小野寺はモーゼル銃の銃口をクレオの口に突っ込んだ。

「これならどうだ」

引き金をひき、弾丸が発射された。

ゼロ距離だ。

弾丸は首の後ろを突き抜けていく。

クレオは同時に後方に吹き飛んだ。

連結ドアにぶつかる。

ずるりと首だけがおちた。

首の根の部分から昆虫の足が生え、かさかさと動きだした。

緑色の体液を撒き散らしながら、床から壁へとかけていく。

狙いを定め、小野寺はモーゼル銃の引き金をひく。

だが、弾丸は当たらない。

ジグザグにクレオの頭は走り、窓をわり、外に逃げ出した。

弾丸のすべてをつかったが、うちもらしてしまった。

「逃がしたか」

そう言い、振り向き、司たちに加勢する。

「こちらはかたずけた」

小野寺言った。

「ありがとうございます」

司は礼をいう。

残るは前面の敵。

一体一体はたいしたことはないが、なにせ数が多い。

まだまだ苦戦は続く。


天勝は床を蹴った。

飛翔する。

天井すれすれを背面飛びし、ひらりと着地する。

両手にトランプを持っていた。それを扇状に広げる。

一気に投げつけた。

トランプは空中をかけ、左右にいた人形を切り刻む。

関節ごとに分解された人形はごとりと床に倒れこみ、停止した。

悠然と歩き、司たちのもとに戻る。

くるりとふりむく。

両手を左右にあげると投げつけたはずのトランプが彼女の手元に戻った。

口角をあげ、美しい顔に笑顔を浮かべる。

「やるな」

司は称賛した。


窓の外に夢子は懐かしい気配を感じた。志乃とコバヤシも同じ方向を見ている。召還陣の影響で彼らも霊力に目覚めつつあるからであろう。

窓ガラスを破り、黒い物体が侵入してきた。

それは烏であった。

ただの烏ではない。体格は普通のものの倍はあるだろうか。つやつやと羽が美しく輝いていた。

黒々としたそれは黒曜石のようだ。

そして足が三本であった。

ヤタノカラスと呼ばれる霊鳥である。

「カゲオウ」

夢子はその霊鳥の名を呼び、腕を伸ばす。

霊鳥ヤタノカラスは天井を一周し、夢子の腕にとまった。

キィエエエと高い声で鳴いた。

「司さま、お師匠さまの援軍です。使鬼のカゲオウが来てくれました」

嬉しそうに夢子は言った。

神格のある霊鳥ヤタノカラスを使役する夢子の師匠の霊力のすさまじさがうかがえる。

「そのようだ」

微笑し、司は言った。

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