第16話 車内の死闘

これが例の自動人形か。

不気味な奴だ。

しかし、滝沢という老剣客はひとめで人形を見抜いた。

達人とはこういうものなのか。

小野寺は感嘆の念を覚えた。

人形は口角をあげ、ニヤリと笑っている。

青い瞳が陽光を浴びキラキラと光っていた。

「問答無用」

そう言い、小野寺は腰のホルスターから愛用のモーゼル拳銃を抜き、構え、引き金を引いた。

パンッと乾いた音をたて、弾丸が発射される。

弾丸は確実に金髪人形の眉間を撃ち抜くはずであった。

だが、そうはならなかった。

人形は素早く手を動かし、人差し指と親指で弾丸を掴んでいた。

弾丸はシュウウという音をたて止まった。

弾丸は人形の指を少しだけ焦がしただけに終わった。

「あらあら、イシハラやトウジョウとならぶ秀才が随分と乱暴なことを初対面のレディにするのですね。小野寺准尉どの」

人形はそう言い、ホホホッと高笑いした。

くそったれ。

心のなかでそう言い、小野寺は舌打ちした。

とんでもないやつめ。

続けざまに引き金をひき、弾丸を放つ。

しかし、そのすべてを人形は掴んだ。

掴んだ弾丸をぱらぱらと床にまいた。

ホホホッと馬鹿にした笑いを浮かべる。


不思議に夢子は思った。これだけの騒ぎがおこっているのに、車内の乗客の誰もが何の反応もしめさないということに。

「そ、それはですね。車内の全員が敵なのですよ」

まるで、夢子の心の中を読んだかのように金田一は答えた。

「えっ」

夢子は見た。

車内で座っていた乗客が全員立ち上がった。

ぎこちない動きで。

夢子たちのすぐ前に座っていた乗客も立ち上がる。

首だけが回転し、こちらを見た。

虚ろな目で夢子たちを見ている。

「ひっ」

志乃が短い悲鳴を上げた。

どうする。

こんな狭い車内では大がかりな呪術は使えない。詠唱する時間もない。リュックから呪符を取り出す時間もない。

それなら。

拳を握りしめ、夢子は渾身の力で人形の頭を殴りつけた。

ジリジリと拳が痛む。

人形の頭がぐるりと回転する。

その隙を見逃さずに滝沢はボーイナイフを人形の首すじに斬りつけた。

首だけが吹き飛び、天井にぶつかる。

ネジやゼンマイが雨のように降ってくる。

首無し人形の胴体に今度はナイフを斬りつけ、切り刻む。

人形は粉々の部品だけになってしまった。

「よくやりましたね」

にこりと微笑み、滝沢はいった。

「よくやったな」と司も言う。

「もう、勘弁してくださいよ。白兵戦は専門外なんですよ」

かわいい顔を膨らませ、手を振りながら夢子は言った。

しかし、多勢に無勢はかわりない。

ざっと見ただけだか、乗客は四十人近くいる。

後ろにはホテルで彼らを襲った金髪人形。

まさに前門の虎後門の狼。


「さ、さて、どうする」

金田一は一人でぶつぶつ言い出した。

「僕では無理ですね」

「明智は?」

「こんな時に眠っているよ」

「おいおい、私は探偵作家だよ。無理はいってはいけない」

「私なら逃げ出すことだけなら、可能だけどね」

「それでは意味がないよ怪盗さん」

「なら、私におまかせください」

金田一は一人でやりとりしている。すべての声が違う。

まるで複数人がやりとりしているように見える。

お釜帽を天井に向けて投げた。

着物の襟をつかみ、器用なことに一瞬にして脱ぎ、着物と袴を四方に投げた。

着物が人形のひとつに覆い被さり、人形はじたばたともがく。


着物とお釜帽を脱ぎ捨て、中から現れたのは中華服を着た美女であった。

豊かな胸元に驚くほど細い腰つき。誰もがうらやむ白く長い足。切り込みの深い裾からのぞくそれは、ひどく扇情的であった。

太い眉に意志の強そうな瞳。

形の良い鼻が印象的であった。

「トザイトーザイ」

良く通る声で女は言った。


いったいどうなっているのだ。

夢子は驚愕した。

あのやぼったい金田一からとんでもない美人が出てきた。

しかも体格もかわっている。

背の低い痩せた金田一から長身の美女に。

この怪人は人格だけでなく、体格まで変えられるというのか。


「お集まりの紳士淑女の皆さん。とはいっても人形では、お客様としてはものたりないところですが、本日はわたくしの奇術をこころゆくまでお楽しみくださいませ」

と中華服の美女は声高々に口述をのべた。

「この松旭斎天勝が皆さまを夢幻の世界にご案内いたします」

と、とびっきりの美女は名乗った。


松旭斎天勝。明治から昭和にかけて爆発的な人気を誇った奇術師である。あの初代引田天功は天勝の孫弟子にあたる。この多重人格の怪人はその奇術師と同じ名を名乗った。


この戦い死闘であり、苦戦するのは間違いないが、勝機が見えてきた。

天勝の端正な横顔を見て、小野寺は思った。

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