第15話 旅路

京都までの移動は鉄道を利用することになった。短い時間とはいえ、大勢の旅路に志乃はわくわくしていた。

「政府専用車両とか使えなかったんですかね」

夢子は不満をもらした。

志乃とコバヤシ少女の保護は特務機関の任であり、そのためなんらかの優遇措置がとられてもいいのではないかと。

それが、一般車両で普通の人たちとまじっての移動になるとは。

「軍縮は世界の流れだからね。あの交渉はいかん。我が国は手の内を見せすぎるのだよ。手札をみせながらポーカーをしているようなもんだ」

小野寺が答えた。

彼には不満があった。

諜報機関をこそこそとかぎまわる卑怯者の集まりだととらえる陸軍の体制に。やがて大きなしっぺ返しがくるのではないかと彼は思うのである。

彼の意見に賛成したのは知るところでは樋口ぐらいのものである。

「私は楽しいですよ。理由はどうあれ、大勢でいるのは」

志乃は言った。

彼は孤独が嫌いだった。だが、いままでの運命は彼を強制的に孤独にしていた。

にこやかに美しい笑みを浮かべる志乃の顔を見て、小野寺は照れ隠しに軍帽をかぶりなおした。

「旅の仲間というわけですね。まるで、八犬伝みたいですね」

ふふっと笑いながら夢子は彼女の好きな講談に例えて言った。

渡辺司、平井夢子、最上志乃、滝沢、小野寺、金田一、コバヤシ少女の7人。

「ひとり足りないな」

ははっと笑い、司は言った。

七人は車両に乗り込む。

右側の四人席に司、夢子、滝沢、志乃が腰をおろす。通路を挟み左側の席に小野寺、金田一、コバヤシ少女が座った。


「そ、その時、僕は見たんですよ。大きな池のほぼ、まんなかに逆さになって足だけがでている死体をね。いろいろな死体を見たぼ、僕ですが、あれにはさ、さすがにおどろきましたよ」

よく分からない話を金田一はコバヤシ少女に語っていた。

彼の話は暗く、怖いものが多いので夢子は好きではなかった。

夢子は退魔士ではあるが怖い話が嫌いだった。人が関わる方のである。

彼女が言うには妖魔悪鬼よりも人間のほうが怖いのだという。

うんうんと頷きながら、コバヤシ少女は金田一の話を聞いていた。

彼の話す荒唐無稽な物語に夢中になっていた。

どうやら、彼女は金田一の物語をきくことによって言語を理解しているようである。

「続き、続き」

と細い声で物語をせがんだ。

窓から見える景色を見ながら、実は志乃も金田一の紡ぐ物語に聞き耳をたてていた。

しかし、彼らにとっての平和で安穏な時間はとても短く終わるのであった。


「乗車券を拝見いたします」

背の高い車掌が言った。

きれいに揃えられた口ひげが印象的であった。

「はいはい」

そう言い、夢子は愛用の軍用リュックから七枚の乗車券をとりどし、車掌に手渡そうとする。

車掌は乗車券を受け取り、右手に持っている改札ばさみでそれを切ろうとする。

しかし、通路側に座る滝沢が夢子のちいさな手をとめた。

手首をぐっと握る。すこしではあるが、痛みで夢子のかわいらしい顔が歪んだ。

夢子は滝沢の顔を見た。

殺気のはらんだ真剣な顔をしている。

「ひとつ聞きたい。車掌さん。君は何故、声を発するのに呼吸をしていない」

と滝沢は言った。

「あれれれ、もうばれちゃった」

声は大人の男のものであるが、口調はかんにさわる子供のものであった。

車掌はいきなり改札ばさみを滝沢の顔面めがけて突き出した。

だが、剣客滝沢の動きのほうが速い。

懐の短剣を抜き放ち、車掌の口腔に突き刺した。

短剣はボーイナイフと呼ばれるアメリカ製のものである。

アモラの戦いでメキシコ兵を何人も死地に追いやり、自らも壮絶な戦死をとげたジェームズ・ボーイにその名を由来する。

滝沢愛用の名品である。

一秒ほどの遅れで司は右拳を車掌の右胸に叩きつけていた。

車掌はゼンマイやらネジを大量に吐き出しながら、床に崩れ落ちた。

司はその車掌の身体を蹴り飛ばす。

車掌は連結ドアのところまで吹き飛ぶ。

びくびくと痙攣するが、すぐに動きを止めた。

司と滝沢は通路に背中合わせで立つ。

「ただでは行かせてくれないようですな」

ため息まじりに滝沢は言った。

「そのようだ」

苦笑し、司は言った。

小野寺と金田一も立ち上がり、通路に出る。

司とは逆の方向に向き、背中合わせになる。

「だ、誰か来ますね」

金田一は言った。

小野寺は見た。

連結ドアを開け、入ってくる一人の人物を。

フリルのたくさんついてゴシック調の黒い衣装。

金色の艶のある美しい髪。

顔立ちはかなり整い、秀麗ですらあったが、その青い瞳にはまるで生気がなかった。

ガラス玉のようだった。


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