第11話 覚醒

「声が聞こえたのか」

司はきいた。

「はい、なんだか変な声でした。お年寄りのような若者のような、男か女かもよくわからない声でしたけど、中尉さんと話してるのは聞こえました」

志乃は言った。

聞こえた。

司にとりつき、鬼の力をあたえる心のなかの声を。

驚愕の表情で司は、志乃の秀麗な顔を見る。

今まで幾人もの霊能力者や退魔士にであったが、鬼の声を聞こえたものはいない。

才能のある夢子やその師匠も例外ではない。

「もしかすると……」

ちいさな顎先を指でなでながら、夢子は言った。

「志乃さんの背中の召喚陣が影響を与えてるのかも知れませんね。召喚陣はいわば異世界との接続方法をえがいたものです。それを宿した志乃さんが異世界、俗にいう魔界の影響を受けたとしてもありえない話ではないですね」

難しい顔をして、夢子は言った。

「だから、私の中の鬼の声も聞こえたと。闇に近い存在の鬼の声を……」

司はまじまじと志乃の顔を見る。何故だかわからないが、志乃は顔を赤く染めた。

「でも、あまりにいい傾向ではないかも知れませんね。志乃さんの体が魔界の影響を受けてるとしたら。この世のものでないものを引き寄せやすくなりますからね」

夢子は言った。

「なら、私たちがそれらから守りきるしかあるまい」

にこやかな笑みを浮かべ、司は言った。


サーベルの切っ先で人形の胸元を滝沢は切り裂いた。

人工の膨らみが姿を現す。

さらにその膨らみを切る。

膨らみの部分が切り取られ、床を転がる。

人形の体内には複雑怪奇なゼンマイや機械が蠢いていた。

機械の動きはシュウウという湿った音をたて、停止した。

「ゼペットというのをご存知ですか」

滝沢は言った。

「いや」

司は答える。

「イタリアの魔術士の一族でこのような自動人形を作るのを得意としています。おそらくはこの人形もゼペットの手によるものかと」

と滝沢は言う。

「詳しいですね、滝沢さん」

夢子が感心しながら言った。

「いえ、以前、命さまとこのような人形が起こした事件をあつかったことがこざいまして」

そういえば、父親から聞いたことがある。

自動人形が起こした連続殺人事件があったということを。

「ゼペットとかいうのまで関与してるとなると今回の事件、かなりやっかいなことになりそうだな」

そういう司の顔は、何故か楽しそうだった。

困難があればあるほど彼は、意欲がわくのである。

「とりあえず、京都のお師匠さまのとこにいきましょう」

夢子は言った。

「志乃さんの背中の紋様を解読し、彼を狙う人たちの存在を明らかにする。そして、彼らを壊滅させる。言うのは簡単ですが、実行するのはかなり難しいですよ」

赤い頬に手をあて、夢子は言った。

「僭越ですが……」

滝沢は声をかける。

「どうしました」

司はきく。

「私も今回の件に協力させてくれませんか。当ホテルを荒らされて少々、腹がたっているのですよ。それにお恥ずかしながら、昔の血が騒いでしかたないのでございます」

と滝沢は協力を申し出、右手を司にさしだした。

その手を力強く司は握り返した。

「ありがたい、滝沢さんがいれば百人力です」

と司は言った。


場所は変わり、ジョナサン神父が殺された教会に二人の男がいた。

一人は闇のように黒い軍服を着ている。丸眼鏡をかけた坊主頭の男だ。

もう一人の男は、背広姿だ。中折れ帽子を斜めにかぶった粋な男であった。

すでに死体と生き残った暴漢は官権が回収していた。

破壊された教会を見て、

「また、えらく派手にやったもんだな」

と丸眼鏡の男は言った。

「樋口少佐がやったみたいですね、小野寺准尉」

粋な男は、ひくい声で言った。

帽子をとり、前髪をかきあげ、帽子をかぶりなおす。

それが、彼の気障な癖だった。

「ところで平井くん、いや、江戸川くんなのかな。今日の君は二十人の人格のうちの誰なのかな」

奇妙なことを小野寺はきいた。

「今日の私は明智ですよ。職業は私立探偵。日本のシャーロック・ホームズとよんでもらってもいっこうにかまいません」

ははっと笑い、気障で粋な男は言った。

小野寺准尉はこの粋な男の調査能力を買っていた。ただ、多重人格者で取り扱いが、かなり難しい。

「そうか、ではいこう。明智くん」

また、新しい人格だ。

困ったものだ。

小野寺は自虐的な笑みを浮かべた。

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