第12話 ホムンクルス
荒れた教会の内部をぐるりと自称探偵の明智は見渡した。
壊れた木製のベンチ。
飛び散った床の破片。
深く刻まれた車輪の後。
明智はゆっくりと教会の中を歩いていく。所々、指で床をなでる。コンコンとノックの要領で床を叩く。それらの動作を見た目とはうらはらに地道に繰り返していく。
教壇がおかれていた場所で彼はとまった。
「小野寺さん、ここですね。ここだけ、音が違いますよ」
髪をかきあげながら、明智は言った。
行動の一つ一つが芝居がかっている。
しかし、それが様になっている。
憎らしいほど、気障が似合う男だ。
小野寺准尉が彼に近づき、同じ床を見る。明智と同じように床を叩いてみる。
少し、響く。
床下が空洞になっているのではないか。
小野寺は床に散らばった破片や埃を手で払いのける。うっすらとではあるが、境目のようなものが見えた。
胸ポケットから小瓶を取り出した。
中身は火薬だ。
その火薬を四角の形に撒いていく。
さらにマッチを取り出し、火薬でできた四角の枠の角に火をつけた。
ボンッという音をたて火が走っていく。
爆発の衝撃で床が破壊され、空洞が姿を表した。
大人一人が十分通れるほどの大きさだ。
どうやら、地下に繋がっているようだ。
明智は中をのぞきこむ。
湿った、埃臭い空気が彼の鼻腔を刺激した。
「下に降りましょう」
彼は言った。
梯子ではないかと思われるほど急な階段を二人は降りていく。
ちいさな土間と木製のドアが現れた。
その奥が地下室になっているようだ。
小野寺はドアノブに手をかけ、カチャカチャと左右に回した。
鍵ががかっている。
「まかせてください」
そう言うと、明智は胸ポケットから針金を取り出し、それを鍵穴に入れた。
上下左右にその針金で鍵穴をかき回すと、カチャリという音がし、解錠された。
明智はウインクをしてみせた。
暗い部屋だった。
かなり視界が悪い。
カビのにおいがする。
小野寺は軍服のポケットから小型のランプを取り出した。
マッチで灯をともす。
黒桜の技術部が開発した特別製である。20センチ程の大きさだが、通常の何倍もの光を放つことができる。特別な燃料がもちいられているのだ。
電池を使った懐中電灯も開発されているのだが、古めかしいランプを使うのが、彼の趣味であった。
ランプの灯りが室内を照らす。
うっすらとではあるが、部屋が輪郭を取り戻していく。
天井は二メートルほど。
四方の壁すべてが本棚に寄って埋められていた。
古びた洋書がほとんどだ。
なかにはビンが置かれているところもあり、中身はよく分からない気味の悪い生物が浮かんでいた。
「まるで錬金術師の研究室だな」
ぼそりと小野寺は言った。
そう言い、彼は見つけた。
部屋の片隅で両膝を抱えて座っている人物を。
小刻みに震え、虚ろな目で彼らを見ていた。
衣服は着ていない。
「まさか、こんなところに人がいるとは」
小野寺は驚愕の声をもらす。
「人といえますかね……」
明智が言った。
「どうしてだ」
と小野寺は問う。
「彼女、へそがありませんよ」
と明智は答えた。
ランプの光を小野寺はその人物にあてた。
確かに身体的特徴は女性であった。ただ、明智の言うとおり、本来へそがある部分はつるりとした肌しかなかった。
それにしてもかなり痩せ細っている。
小野寺はチョコをポケットから取り出し、それを少女にさしだした。
少女はそれをとろうとしない。恐らく、かなりの空腹であろうはずなのに。
「貸してください」
チョコを小野寺から受けとると少しわって、自分の口にいれた。
もぐもぐと食べてみせる。
そして、にこりと笑ってみせた。
少女はそれをじっと見ている。
明智はチョコを少女に手渡した。
少女はそれをうけとるとチョコをバリバリと音をたて、一気に食べてしまった。
明智は背広の上着を脱ぐと、それを少女の病的に細い肩にかけた。
聞いたことがある。
小野寺准尉は思考した。
あれは平井夢子の師匠である平井時昌にである。
西洋の錬金術で人工的につくられた人間には、へそがないのだという。
彼らは母親から生まれるのではない。試験管から生まれるのだと。
そうして生まれた人工の人間をホムンクルスというと。
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