第13話 月夜の蝶

「見ましたか」

明智は言った。

「ああ」

小野寺は短く答え、頷いた。

彼は見た。

ホムンクルスの背中に六芒星を基本とした複雑怪奇な紋様が刻まれていることを。

小野寺は地震で破壊された帝都の教会からこの紋様と同じようなスケッチを発見した。同時に刺青の道具などいろいろな物を発見した。残念ながら、刺青を彫られであろう人物を発見することができなかった。

スケッチを専門家に見せたところ、それは不完全なもので、完全なものは神父の頭の中にあり、彼が死んだ今、唯一残るのは刺青をほられた人物だけであると。

ちなみに専門家とは、夢子の師匠である。

そして、もう一人いた。

これは、何を意味するのだろか。

彼女を京都につれていかねばなるまい。

「謎が謎を呼ぶ、楽しいね」

そう言い、明智はホムンクルスの少女を抱き上げた。

彼女は明智の首に抱きついた。

どうやら、この気障な探偵になついているようだ。

「もう一人の方には確か、鬼人と竜王の巫女がついているのですよね」

明智は言った。

「ああ、そうだ。我が機関の腕利き二人がついている」

小野寺は言った。

それにひきかえ、私には、二十人格の探偵ひとり。

自虐的な笑みを小野寺は浮かべた。


一頭引きの馬車の前に四人はいた。黒桜の渡辺司と平井夢子、剣客滝沢、召還陣を背中に刻まれた青年志乃の四人であった。

馭者は滝沢がかってでた。彼は馬術の名人でもあった。

「こうしていると秋山さんたちと馬首をならべたのを思い出しますよ」

手綱を持ち、滝沢は言った。

秋山とは日露戦争で活躍した日本騎兵の父と言われた秋山好古のことである。


残りの三人は車内に乗り込んだ。

京都に行くまえによるところがある。

司はそう言い、滝沢にその場所を告げた。

滝沢は馬車を走らせる。

パカリパカリとリズミカルな音をたて、馬車は走っていく。

日は沈み、夜になる。

照明設備の発達していないこの時代の夜は闇深い。

それでも所々ガス灯があり、まったくの闇ではなかった。

「見てください、夢子さん。キラキラとしてきれいですね」

志乃は車内から外を見て、言った。

志乃の目にはキラキラと光輝く蝶が空を舞っているように見えた。

「志乃さん、あれが見えるのですか」

夢子はきいた。

「はい」と志乃は答える。

「あれはいわゆる鬼火です。西洋でいうところのウィルオーウィスプ。精霊未満の存在。志乃さん、あなは確実に霊能者として目覚めつつありますね」

夢子は志乃の切れ長の瞳を見て、言った。


どうどう、そう言い、滝沢は馬車を停めた。

馭者台から軽やかにおりる。

ドアを開け、

「着きました」といった。


四人はとあるビルディングの五階にあるバーに入っていった。

出迎えたのは黒いドレスを着た美しい人物であった。ほっそりとして背が高い。年代は五十歳ぐらいだろうか。髪には白いものがまじっているがそれすらも美しく感じられた。

「ひさしぶりです、マダム」

司はそう言い、マダムと呼ばれた人物と握手した。マダムは細い両の手で司の力強い手を握り返した。

「そうね、久しぶりね」

にこやかに笑い、マダムは言った。

「すいません、マダム。ここを待ち合わせの場所に使わせてもらいます」

「いいのよ、司さん。あなたのお父様にはたいへんお世話になりましたからね。あら、滝沢さんもお久しぶりですね」

とマダムは言った。滝沢は会釈する。

「きれいな人ですね」

羨望の眼差しでマダムを見ながら夢子に志乃は言った。

「マダムは美人さんです。そして、あなたと同じ男です」

と言った。


マダムと呼ばれる人物は花街出身の男娼であった。司と滝沢とは旧知の仲であり、大阪の夜の街に多大な影響力を持つ人物である。

司は知っていた。

直接きいたわけではないがマダムと父の命は深い関係にあったのではないかと。仕事で家を開けることが多かった父はよく司をマダムに預けた。司にとっては第2の母親のような人物である。


ガチャリとドアの開く音がした。

二人の男と一人の少女が入ってきた。

一人は司たちと同じ闇を切り取って染め上げたような色の軍服を着ている。

小野寺准尉であった。

白いコートを着た少女は病的に細い。虚ろな目でもう一人の男の手をぐっと食い込むように握っていた。

変わった服の男だった。

癖の強い長髪をお釜帽の中に押し込み、よれよれの着物を着ている。足元は古びた下駄。

「このひと怪人に……」

お釜帽の男の目を見て夢子は言おうとしたが、男の人差し指で口を閉ざされた。

「それは言わない約束ですよね」

お釜帽の男は言った。




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