第4話疾走するフォード
ビクビクと志乃は、司の腕の中で、けいれんをし続ける。
瞳の焦点があっていない。
あらぬ方向を見ている。
「申し訳ありません、司さま。私の失態です」
と、夢子は謝罪した。
「いや、それは俺も同じだ。それよりも彼の容態は?」
司はきく。
小さく、柔らかそうな手のひらを夢子は、志乃の額に当てた。
「かなり生命力を持っていかれてますね。すぐに霊的磁場の高い所に移送したいところです」
と言い、夢子はリュックから軍用の水筒と一枚の呪符を取り出した。
「でも、その前に……」
水筒の蓋を開け、こぽこぽとそこに水をそそぐ。呪符を指で挟み、思念を集中させる。
「西海白竜王の名において命ず。急急如律令」
と唱えた。
呪符を水につける。
すっと呪符は水に溶ける。
懷から小刀を取り出し、指先にちいさな傷をつけた。
かわいらしい夢子の顔が、すこしだけ苦痛に歪む。
数滴、血液が水の中に落ち、溶けた。
「甘露水です。これを飲ませれば、症状がやわらぐはずです」
甘露水は、餓鬼道に堕ちた亡者すらも成仏させることができる。
夢子は甘露水を飲ませようとするが、志乃が激しく動くため、それができない。
「貸せ」
司は、それを受けとるとグイッと口に含んだ。志乃の薄い唇に自らの唇を重ねて、甘露水を注ぎ込んだ。
すると、志乃はけいれんをやめ、静かに寝息をたて出した。
「これで、一安心ですね」
と夢子。
「そうだな」
司はこたえる。
「このあたりで、霊的磁場が高い所といえば聖都ホテルですかね、司さま」
「そうだな」
そう言うと司は両腕で、志乃を抱きあげた。
「あははっ、そうはいかないよ」
渇いた笑い声が教会内に響く。
司と夢子は声の主を見る。
黒い着物を着た男が立っていた。癖の強い長い髪と無精ひげが特徴的だ。
そのすぐ後ろに、喪服を着た女が立っていた。
いつの間に彼は現れたのか。
気がつくと彼らはそこにいた。
「ヒデマロ様、やはりこのようなものたちにまかせるべきではなかったのではないですか」
低い声で喪服の女は言う。
「え~、だって面倒だったもの」
「そんなことではオニサブロウ様のご不興をかわれますよ」
「相変わらず、梅は厳しいな。だから、こうしてきたんじゃないか」
よく分からない、やり取りを彼らはしている。
言葉のやり取りから、暴漢たちの雇い主ではないかと司は考えた。
そして感じられるのはこの二人の霊力だ。
肌がビリビリと痛むほどた。
「ただ者ではありませんね」
ぼそり、夢子は言った。
「そうだな」
「さぁ、その人を渡してくれないかね。彼は大事なヨリシロなんでね」
「嫌だね」
司は言った。
ただたっているだけでも二人は圧倒的な霊力をあふれ出している。
志乃を抱えたまま、彼らと対峙するのは正直辛いところであった。
夢子はごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ、死んでもらおうかな。黒のお二人さん」
着物男は両手を天に向かって広げた。
眩しいほど彼の両手がオーラで輝いた。
その時だ。
一台の自動車が爆音と轟音を響かせ、教会内に突入してきた。床板が跳ね飛び、木製のベンチが瓦礫にかわっていく。
T型のフォードだ。
日本ではかなり珍しい代物だ。
フォードはギギギっと回転し、司と夢子の前に停車した。
「さぁ、乗りたまえ」
運転席には陸軍の軍服を着た、精悍な顔立ちの男がいた。革手袋でハンドルを握り、首にはゴーグルをかけている。
「樋口さん‼️‼️」
夢子は嬉しそうに運転席の男に声をかけた。
「ぐずぐずするな、離脱するぞ」
樋口と呼ばれた男は、ゴーグルを装着する。
夢子は助手席に飛び乗った。司は志乃を抱き抱え、後部座席に滑りこんだ。
「しっかり掴まっていたまえ」
樋口はそう言うとギアをいれ、アクセルを全開にして、フォードを発車させた。
フォードは瓦礫をあらゆる所に撒き散らしながら、猛スピードで教会から走り去った。
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