第32話二十人の怪人

殺気のこもった目で出口梅は、ランポを名乗る探偵作家をにらみつけた。

もともと秀麗な顔立ちがゆがみ、般若のような形相であった。

「はなせ、はなせ」

唾液をまきちらしなぎ、梅は叫ぶ。

その形のいい瞳には涙すらにじんでいた。

だが、それは椅子から生えた腕が許さなかった。

「まあ、落ち着きなさい」

毛のない頭をなでながら、ランポは言った。

「このような状況では相手さんも落ち着けといわれても、無理な話だよ」

しわがれた声の男が言った。背広をだらしなくきている。

「やあ、Q作くん。君が出てくるとは珍しい」

「貞子や千鶴子に呼ばれたのでね。久しぶりに起きてみたよ」

くくくっと聞き取りにくい声でQ作は笑った。

「私よりも珍しいのが、来てるじゃないか」

Q作はランポに語りかける。

「明智が、全員を呼んだのだよ。あの洒落ものめ、また、ややこしい事件に首をつっこみよって」

うねうねと何かが、床をはっていた。それは、入院服を着た人物であった。

ただ、その人物には手足がなかった。

体をくねらせ、器用に前進していた。

大きく体を曲げると人間椅子に飛び乗った。

べろりと手足のない人物は梅の白い頬をなめた。

「やめろ、やめろ」

充血した目で梅は言う。その声を聞いて、手足のない人物はにやりと笑った。

「どうやら、芋虫くんも彼女を気に入ってくれたようだ」

ランポは言った。

「そのようですね」

パイプから紫煙をくゆらせ、男は言った。ハンサムな名探偵明智であった。

「で、で、ですな」

どもりながらそう言葉を発するのは、ほう髪の探偵金田一である。

その洋館の一室には、奇怪きわまる男女があつまっていた。

豊満な体を白い中華服に身をつつんだ天才奇術師松旭斎天勝。

黒い燕尾服にすらりとした長身で着こなした女盗賊黒蜥蜴。

和服に地味な風貌の高橋貞子。

同じような和服だが、こちらは、はでな目鼻立ちをした顔の御船千鶴子。

ハンチング帽をかぶった青年は新聞記者の平井太郎。

白髪に端正な容貌の男は犯罪学博士の由利麟太郎。明智とくらべても遜色のない秀麗な容貌をしている。

労働者風の男は遠藤という。彼らのなかでも古参の人格であった。

他にも人の形をしているかどうかも定かではない人物たちが多数いた。

「お揃いのようね」

透き通るような声で怪盗黒蜥蜴は言った。その声量は舞台女優のようだ。

「出口梅さん、我々は君を歓迎するよ。小林少年が抜けた穴を君で補いたいのだよ」

探偵作家ランポが言った。

「小林少年はどこに行ったのかね」

Q作は、誰とはなしにきいた。

「こ、こ、小林くんはとある少女の基礎人格になるためにこの場をさ、去りました」

長く、癖の強い髪をかきむしりながら、金田一は答えた。

「なるほどね。彼はいちばん若かった。正真正銘の人間になれたのか。それはめでたい」

Q作は麟太郎からタバコを一本もらう。

指をパチンとならすと天勝の人差し指から火が着いた。

タバコに火をつけ、Q作はふうと煙を吐き出した。

「我々は二十人そろってはじめて二十面相を名乗れるのです。貞子姉様の提案により、出口梅さんでその欠けた席を埋めようと画策した次第です」

微笑みながら御船千鶴子は言った。飛び抜けた美人ではないが、その容貌には独特の味わいがあった。

「それは妙案ですな」

純白の髪をかきあげながら、由利麟太郎は言った。気障な所作は明智にも劣らない。

「では、皆は彼女を新しい我々の兄弟姉妹とすることに依存はございませんね」

ランポはぐるりと周囲を見渡して、そういった。

拍手喝采とはこの事か。

洋館中に拍手の音が鳴り響く。天井からも聞こえるのは屋根裏にいる散歩者であろう。

不思議なことにパノラマ奇館も揺れていた。

二十面相の精神世界の中の洋館も実は人格の一つなのである。

「全員賛成のようだ。出口梅さん、今日この日よりあなたは我々の仲間だ。まあ、仲よくしようではないか」

そういい、ランポは梅の白い頬を撫でた。芋虫がなめた後だったので湿っていた。

「誰が、貴様らなぞの仲間になるものかぁ」

心の奥底から発したような声で梅はいうと、噛みちぎらんばかりの強さで自らの唇をかんだ。

うっすらと血が流れ、白い喉をつたっていく。

一定の血液をふくむと、それを床にべっと吐き出した。

その血は一瞬にして、六芒星のかたちを描いていく。

黒魔術の魔方陣だ。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。我は求め、訴えるなり」

まるで牛蛙の鳴き声のような醜い声で梅は呪文を唱えた。

世界は一変する。


タエガ……タエ……シノビ……シノビ……。

ラジオから流れるその声は、音割れがしてよくききとれなかった。

見える景色一面が焼け野原であった。

瓦礫だらけの世界。

人々はラジオから流れる声をきき、あるものは涙し、あるものはうなだれ、地面に手をついていた。

空気が暑い。じめじめとしている。どうやら季節は夏のようだ。

遠くで蝉が鳴いている。

「な、なんだ、ここは」

唇から流れ出る血液を喪服の裾でぬぐいながら、出口梅は言った。

「あなたの設定した時空軸をずらさせてもらいました」

声の主は御船千鶴子であった。

いつの間にか出口梅のすぐ横に御船千鶴子がたっていた。

「ほう、これが夢渡りの術か。面白いものだ」

白髪をかきあげ、由利麟太郎は言った。

「すいません、博士。とっさのことだったので連れてこれるのは、博士お一人だけでした。申し訳ないですが、お手伝いいただけますか」

千鶴子が頭を下げると、

「なに、かまわないよ。我々は一人が二十人であり、二十人が一人だからね。いや、今は十九人か……微力ながら力をかそう」

犯罪学博士由利麟太郎はそう答えた。

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