第25話 紋様の意味

「夢子、ただいま戻りました」

頭を下げ、夢子は言った。頭をあげ、夢子が見たのは司に抱きつこうとして、必死の抵抗にあっている我が師匠の姿であった。

「司くん、久しぶり。私に会いに来てくれたのね」

うふふっと不気味な笑みを浮かべながら、時昌は司の首に抱きつこうとしていた。司は両腕で彼の接近を拒否していた。

「時昌さん、たしかに会いにきましたが、それはあなたの知恵を借りにきただけです」

「いやだ、照れちゃって」

けけけっとさらに時昌はさらに気味の悪い笑いをする。

二人のやりとりを志乃は黙ってみていた。時昌と目が合う。志乃は時昌の笑みにわずかであるが、恐怖を感じた。

ぱっと司から手をはなすと時昌は姿勢をただす。司は内心ほっとした。

「あなた方が、ヨリシロのお二人ですね」

志乃とコバヤシ少女を見て、今度はうってかわって妖艶な笑みを浮かべた。

「我が屋敷へようこそ」

と言った。


志乃とコバヤシ少女の二人は浴場に案内され、身を清めることになった。

沐浴し、からだの汚れをおとす。

夢子はその手伝いをすることになった。

コバヤシ少女の体を洗い、清潔なタオルでふく。

「さあ、見せておくれ」

そう言い、時昌は二人の背中を見た。

長い髪をかきあげ、志乃は背中をあらわにした。本来白いはずのそれは、複雑怪奇、グロテスクきわまりない紋様で支配されていた。

「ほおっ」

すこし、うわずったような声で時昌は背中の刺青を眺めた。

「これは素晴らしい……」

思わず、感嘆の声をもらす。

「これを描いた人物はまさしく天才だわ」

師匠がだれかを誉めるのはかなり珍しいことだ。

夢子はちらりと厚化粧の時昌の横顔を見た。その厚化粧のしたは、女性も羨む美貌があるというのに。

彼はそれを隠すように化粧をする。

本来の化粧の意味とは真逆のことを時昌はしていた。

「このホムンクルスの子のほうはリリスを呼び出すためのものよ。リリスってわかるかい、夢子」

「はい、お師匠さま。カトリックの聖書に登場するアダムの最初の妻です。彼女はアダムを裏切り最初の魔女となりました」

「そう、神と神の子を裏切り魔女となった。そして悪魔たちの母親となった」

そう言い、時昌は突然、志乃の背中をなめた。

「ひゃ」

という短い悲鳴をあげ、志乃はびくりと飛び上がる。ふりむき、時昌の顔を見た。

奇行の多い師匠を夢子は平然と眺めていた。

「まあ、なんてこと……」

と言い、時昌は夢子の顔をじっと見る。

「夢子、この刺青、何がつかわれたかわかるかしら」

「いえ……」

頭を左右にふり、夢子はこたえる。

「やりやがったわね……賢者の石がつかわれてるわ。別名、柔らかい石。なにものをもつくりだすことのできる錬金術の最高傑作。それが、なにからできるか、昔教えたことがあるわね」

かたちのよい顎に指をつけ、時昌は夢子に問うた。

うつむき、吐き出すように夢子はこたえた。

「ひとの血液です。小指の爪ほどの大きさの賢者の石をつくるのに、人ひとりの血液が必要だと」

「そう、そのとうりよ。この刺青はその賢者の石をといて描かれてるわ。いったい何人ぶんの血が必要だったのかしらね」

くくくっという不気味な笑みを時昌は浮かべた。

「この男の子のほうはどの魔王でも召喚可能だわ。サタン、ルシファー、ベルゼハブ、アスタロート、アモン、サルガタナス……この背中には72の魔王の名がきざまれてる。魔王を召喚したこの子とリリスを召喚したあの子の間に子供をつくらせる。何十年か前にドイツでおきた事件の完全版というわけね。夢子、あなたならどの魔王をこの世によびだす」

「そ、そんな」

困惑した声を夢子はあげる。彼女は心底困っていた。とんでもない宿命を背負わされた二人が不憫すぎる。

「まあ、私ならもっとも美しい悪魔。明の星と呼ばれるルシファーかしらね」

挑発するような声で時昌は言う。

「私は許せません。彼らは不幸な未来をかえるためと言いました。そのためなら、幾人もの人の命で賢者の石をつくり、なんの罪もない志乃さんたちにこのような宿命を背をわせて……」

涙で目をうるわせ、震える声で夢子は言った。

「そうやって変えた未来が、本当に良い未来なのでしょうか」

白い手で夢子の頭を撫でながら、

「賢い夢子。私の自慢の弟子だわ。そのとおりね。不幸なひとたちの犠牲によってつくられた未来に意味なんてあるのかしらね」

と言った。

「アタシ、リリス違う‼️‼️アタシ、コバヤシだ。明智たち二十人でつけてもらったんだよ」

コバヤシ少女は真っ裸のまま立ち上がり、そう言った。

「そうね、そうね。あなた方はヨリシロなんかじゃないわ。ひとりひとり、立派な意思を持った人間だわ。夢子、方針がきまったわ。司くんたちを大広間に集めてちょうだい。作戦会議としゃれこもうじゃない」

今度は明るい笑みを浮かべ、時昌は言った。

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