第15話 ボス、あんた死んでるところだぞ
ドアの向こうは、通路ではなかった。四方をコンクリートで固めた巨大な素通しの空間を埋めているのは大小無数のボイラー管だった。
――こんな場所に繋がっていたのか。
私は訝しみつつ、周囲を見回した。いずれにせよ、ここで何かを見つけて帰らねば――
私はとりあえず、ボイラー管に沿って左右の端まで歩いてみることにした。
慎重にあたりをうかがいつつ端から端まであらためた結果、突き当りは左右ともただのコンクリートの壁で、先ほどの部屋と同じように配電盤やディスプレイがあるだけだった。
これで、どの方向を調べても同じような風景であることは、およそ容易に察しがつく。
――どうしよう。……写真でも撮ってお茶を濁そうか。
手ごたえのなさとは裏腹の不気味な空気に、私は知らず及び腰になっていた。
せめて見落としはないか――空間を埋め尽くすパイプ群をぼんやり眺めているうちに私はふと、ある違和感に気づいた。
視野を塞ぎながら奥へと連なっているパイプの一部に、他のパイプとは違う質感の物があるように思えたのだ。
私は思い切ってパイプの列を横切り、その奥へと分け行ってみることにした。幸い、パイプの間には、私一人くらいは潜り抜けられそうな隙間があった。
私は「どうか熱い蒸気が噴き出しませんように」と祈りながら身を屈め、足元のパイプをまたいでいった。私が足を止めたのは、三本目のパイプを跨いだ時だった。いきなり目の前に現れた光景に驚き、自然と足が止まったのだ。
私の前を塞いでいたのはパイプではなく、壁だった。コンクリートの壁にリアルなパイプの絵が描かれており、遠目から見るとさらに奥があるかのように見えるのだった。
私は壁の前に立つと、左右を見回した。そして壁の一角に、扉の形に見える刻みが入っていることに気づいた。近寄ってみると、ちょうど手の高さに細長い窪みがあった。
私は窪みに手を入れると、思い切って手前に引いた。すると目の前で壁が割れ、切断されたパイプの絵の間から、奥の空間が覗いた。私は細目に開いた扉の隙間から、そっと身体を中に滑りこませた。
――なに、これっ!
目の前に現れた光景のあまりの意外さに、私は絶句してその場に立ち尽くした。
その空間は簡素なつくりではあったが、明らかに手術室だった。
――なんでこんな地下に、手術室が?
混乱と恐怖とで、私は動くこともできなかった。医師や看護師の姿はなかったが、中央の手術台の上には、驚いたことに人間が横たわっていた。
駄目だ、これ以上ここにいるのは危険だ。私がせめて写真を撮ろうとカメラを取りだしかけた、その時だった。手術台の上の身体を覆っていた布が動いたかと思うと、眠っていると思っていた人物が、むっくりと起き上がった。
「え……」
上半身を起こして私を見据えてきたのは、見知らぬ男性だった。顔色は青く、死相と言ってもいい表情が貼りついていた。
「嫌っ……」
私が後ずさると、男性はゆっくりと手術台から床に降り立った。男性の目と私のそれとが再びぶつかり、私は反射的に身がまえた。と、男性の口がわなわなと震え出し、しわがれた声が発せられた。
「たす……け」
最後まで言い終わらないうちに、男性の外見に変化が現れた。口から褐色の塊がどろりと吐き出されたかと思うと、続いて両耳からも同様の物体が流れ出したのだった。
「な……なんなの?」
私が辛うじて悲鳴を飲み下した次の瞬間、男性の両目から眼球がせり出し、そのまま褐色の物体に押し出されるようにして外へと零れ落ちたのだった。
「あ……ああ」
男性の眼球があった部分は暗い穴になっており、もはや生きているのが不思議だった。
「お願い……こないで」
私が壁に背をつけ、懇願したその直後だった。男性の身体が大きく前に傾いだかと思うと、そのまま床の上に崩れ落ちた。男性の頭部はまるで骨など入っていなかったかのようにぺしゃりと潰れ、その周囲に褐色の物体がぶるぶると表面を震わせながら散乱していた。
――とにかく、逃げなければ!
私はその場で身を翻すと、ドアを開けて外に飛び出した。後ろ手でドアを閉め、全身をあえがせていると突然、連なったパイプ群の向こう側から声が響いてきた。
「困るんだよねえ。こんな所までついてこられると。あの時、おとなしく「あれ」に支配されていればよかったのにねえ。そうすればこんな怖い場面を見なくても済んだのに」
私は声のした方に顔を向けた。パイプ群を挟んで向こう側にいたのは「須弥倉クリニック」の事務員だった。事務員はゆっくりと眼鏡を外すと、嘲るような笑みを浮かべた。
「残念だが、冒険はここで終わりだ。二代目所長さん」
〈第十六回に続く〉
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