第2話 面接は地獄だ!
ドアを開けた直後、私の脳裏をよぎったのは「間違って別のオフィスに入ってしまったのではないか」という疑念だった。
そして間違ってはいないと確信した瞬間、私は失望と後悔とにじわじわと蝕まれ始めたのだった。
――なにこれ、本当に探偵社なの?
私は心の中で思わず、失礼な感想を漏らしていた。
私が勝手に思い描いていた「探偵社のオフィス」とは、クールでスタイリッシュなフロアか、さもなくば資料と機材に囲まれた実績のありそうなフロアかのどちらかだった。
が、いま私の目の前に見えているのは、家族でやっている零細企業のオフィスにしか見えない空間だった。
「あ、あのう……」
受付カウンターもなく、いきなり素通しで見えている職員の背に、私はおずおずと声をかけた。すると、フロアの中央に固まっているデスクの全員が、振り返って私の方を見た。
「あ……ええと」
デスクは六つあり、四人の職員が勤務中だった。その八つの瞳がすべて、私に集中しているのだった。進退窮まった私は訪問のセオリーを無視し、いきなり用件を口にしていた。
「汐田絵梨といいます。あのっ、叔父が……いえ、こちらの所長さんに、跡を継いでほしいという書面をいただいたのですが」
気のせいか、説明を付け加えれば加えるほど、四人の目が厳しくなっていくように思われた。やがて、もっとも年嵩と思われる、背丈の低い男性が席から立ちあがった。
「……そうですか、あなたが所長の姪御さんですか。……用件はわかりました。こちらにおいで下さい」
男性はそういうと席を離れ、窓際の応接セットへと私を案内した。フロアを横切っている間も、私は背中に不躾な視線を感じ続けていた。
「ちょっと待っていて下さい」
私に着席を促すと、男性はその場を離れた。面接の準備でもしに行ったのだろうか。そう思っているとほどなくして男性が戻ってきた。男性は片手にポットを、もう一方の手に湯のみが二つ乗った盆を携えていた。男性は湯のみを私と自分の前に置くと、いきなり自分の湯飲みに茶を注ぎ始めた。
「飲みたくなったら、ご自由にどうぞ」
男性はそう言うと、私の向かい側に腰を下ろした。どうやら茶を入れてくれるのではなく、自分で飲みたかっただけらしい。私は拍子抜けしながら、自分の湯のみに茶を注いだ。
「私は、ここで最も古い調査員で石亀といいます」
薄くなった頭髪を後ろに撫でつけた男性は、そう言っていきなり茶を口にした。私は型通りの自己紹介をしながら、はて、これは面接なのだろうかと訝った。
石亀は名刺を差し出すふうでもなく、机の上には書類の一枚すらない。話を聞きにくるだけと母には言ったものの、私の鞄の中にはしっかりと写真付きの履歴書が忍ばせてあった。
「来ていただいて早々、こんなことを申し上げるのは何ですが、実は我々職員は所長がなくなったとは認識していません。長期の不在という形で、今も職員のみで営業を続けているのです」
そういうことか、と私は理解した。要するに、ここの職員たちは叔父への揺るぎない忠誠心に基づいて働いており、いきなり「跡を継ぎに来た」などと非常識な口上と共に訪ねてきた姪を疎ましく思っているのだ。
「あ、いえっ。そんな私「跡を継がせてほしい」と思って伺ったわけじゃありません。叔父がどうしてあんな書面を残したのかあまりに不思議だったので、何かわかればと思って……それだけです」
私は慌てて弁解を始めた。就活セミナーで習ったナチュラルメイクの写真を貼りつけた履歴書なんぞ出さなくてよかった、額に汗をにじませながら私は思った。
「その書面は現在、お持ちですか。良かったら拝見させてもらえませんか」
私は書面のコピーを取りだすと、石亀に手渡した。石亀は文言にざっと目を走らせると「なるほど、確かに所長の文字です……懐かしい」と声を震わせた。
「そういうことなので、もし私に跡を継ぐ理由が見当たらないということでしたら、このままお暇させていただこうと思うのですが……」
そう言って私が腰を浮かせかけた、その時だった。石亀がおもむろに口を開いた。
「汐田さん……何か特技は、おありですか」
予想外の問いを投げかけられ、私は浮かせかけた腰をソファに戻さざるを得なくなった。
「特技ですか?……あの、どうして特技を?」
私が混乱しつつ、問いを返すと石亀は机の上の書面と私とを交互に見遣り、改まった口調で「探偵には……特技が必要です」と言い放った。
「探偵に……あの、そんな無理です、探偵なんて、私」
いつの間にか風向きが変わっていることに気づいた私は、あわてて弁明を始めた。やはりこれは面接だったのか?それとも、叔父からの指令は、ここでは絶対なのか?
私は激しい動揺を覚えつつ、そのくせ頭のどこかで特技、特技と記憶を弄っていた。
〈第三話に続く〉
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