第5話 謎への扉
「あはは、それ、面白いじゃん。ラッキーなとこに就職したね、絵梨」
私の話を一通り聞き終えた
「面白いじゃすまないわよ。探偵事務所の事務員ならまだしも、所長代行よ。あり得る?」
「いやあ、悪いけど聞いたことないわ。でも職員の人たち、何か楽しそうじゃん。病院なんか大変だよ。先輩には気を遣わなきゃなんないし……」
千尋はここぞとばかりに職場の愚痴を語り始めた。ぼーっとしている私と違い、彼女は最後の実習が終わるが早いか、大手総合病院から内定を取りつけたのだった。
「楽しそうかあ、とてもそうは思えないけど」
「だってその人たち、何か特殊な能力を秘めてるんでしょ?映画みたいで格好いいじゃん」
私は石亀から紹介された職員たちの顔を思い浮かべた。残念ながら、難事件を鮮やかに解決していくというイメージはなかった。
「しかも、すごい偶然よね。たまたま来た依頼が、あんたがすっぽかされた「須弥倉クリニック」消失事件の解明だったなんて」
「それは私もそう思う。これだけは何としても解き明かしたいのよね」
「……そうそう、あんたの就職祝いにって言っちゃあなんだけど、ちょっと前にうちのドクターからその「須弥倉クリニック」に関する話を聞いちゃったんだ。……聞く?」
聞かないわけがあろうか。私は即座に「聞く」と頷いていた。
「そっか。じゃあ私「わらびもちパフェ」追加していい?」
「なによ、友達相手に取り引きすんの?……しょうがないな、いいよ」
私は呆れながらメニューを開いた。何が就職祝いだ。トレードじゃないか。
「サンキュー。えっとね、うちに「須弥倉クリニック」の勤務医だった人と知り合いのドクターがいるの。ちょっと前に眠れなくて、睡眠薬を貰おうと興味半分で「須弥倉クリニック」を受診したんだって。そしたら、診察のついでに勤務医が「もうじきここを辞める」みたいなことを漏らしたそうよ」
「じゃあ、その医師には病院が無くなることは予想済みだったってわけ?」
「たぶんね。でもうちのドクターが会計の時「ここ、閉めちゃうんですか」って聞いたら事務の人が驚いて「なぜです?そんなことありませんよ」って答えたんだって」
ふうん、と私は相槌を打った。つまり病院が消滅することを知っていたのはごく一部の人間だったという事か。なんとかしてその勤務医を見つけられれば、一気に解決なのだが。
「でもさ、確かに病院の消滅も不思議だけど、あんたの会社に依頼に来たって言う女の人のご主人も奇妙よね。病院と一緒に蒸発だなんて」
やってきた「わらびもちパフェ」を極上の笑顔で口に運ぶと、千尋は言った。
「そうなんだよね。あるいはそのご主人こそ鍵なのかもしれない」
「あ、わかった」
唇の端から垂れた黒蜜を舐め取りながら、千尋が叫んだ。
「きっとそのご主人と事務員の間に、なんかやばいことがあったのよ。ご主人の裏の顔って奴?……それともご主人と勤務医との禁断の関係かも」
私は「やめてよ、ドラマじゃあるまいし」と釘を刺した。千尋の想像は放っておくととんでもない方向に発展しそうだった。
「でも、探偵事務所なんでしょ?病院の消滅とご主人の失踪、ついでに浮気の調査もやったらいいじゃない。全部繋がってるかもよ」
私は千尋の想像力に舌を巻いた。確かにそこまで疑ってみるくらいでないと探偵は務まらないのかもしれない。
「まあ、とにかく楽しみにしてるからさ、あんたの初仕事。解決したらどんな首尾だったか聞かせてよ」
千尋の脳天気なリクエストに、私は即座に頭を振った。
「それは無理。だって依頼人の守秘義務は絶対よ。じゃなきゃ務まるわけないじゃん。もう、あんただってプロのくせに興味だけは人一倍なんだから」
「そうかあ、うーん、つまんないぞ。せっかくうら若き乙女がむくつけき野郎たちの職場に放りこまれたってのに、裏話の一つも聞けないなんて」
「どういう裏話を期待してんのよ」
私は呆れながら、叔父が集めた「精鋭」たちがどんな冴えた手際を披露してくれるのか、ほんの少しだけ期待し始めていた。
〈第六回に続く〉
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