第41話 鋼鉄女子とはだかの探偵
遊歩道を抜けた先は、見覚えのある広場だった。
「ここは……最初にゴレムと遭遇した広場だわ」
わたしの言葉に、後ろにいた金剛が「そうですね」と返した。
「という事は出口まであと少しという事ね。頑張りましょう」
疲労の色が濃い部下たちのために私が空元気を口にした、その時だった。
「ボス、待ってください」
厳しい口調でそう言ったのは大神だった。
「どうしたの、ウルフ」
「何かいます。……囲まれてる」
「えっ」
私は立ち止まって周囲を見回した。広場をぐるりと囲む木立ちの間に、よく見ると確かに無数の影が見えた。
「なんだろう……」
「猿です」
「猿?」
大神がそう呟くのと同時に、木立の間から猿の集団が姿を現した。いずれも黄色い目に獰猛な光をぎらつかせ、獲物を狙っている様子がうかがえた。
「我々を狙っています。隙を見て襲いかかるつもりでしょう」
「わかるの?」
私が問うと大神は黙ってうなずいた。
「誰かに操られているようにも見えます。……おそらく人を襲うよう、訓練された特殊な猿たちです」
大神の言葉を裏付けるように、私たちが気づいたことで猿たちの輪がじわりと狭まってきていた。
「どうしよう……こんなにたくさんいたら、逃げられないわ」
「私が何とかします」
そう言い放ったのは、古森だった。
「どうするの、ヒッキ」
私の問いには答えず、古森は猿たちの輪をぐるりと見回すと、静かに眼鏡を外した。
次の瞬間、古森の目が金色に輝き、私たちを取り巻く草が円を描くように燃え上がった。
「みんな、この火の輪から出ないで」
私たちが炎の輪の中心に集まると、さすがに火が怖いのか猿たちは警戒するように遠巻きにこちらをうかがい始めた。
「でもこれじゃあ、どちらも動けないわ。いずれは輪の外に出ないといけないわけだし」
私が呟くと、大神が「どこかに猿たちを操っている者がいるはずです」と言った。
やがて何かを見つけたのか、大神が「あそこだ」と言って四つん這いになった。
「ちょっとウルフ、あなた何する……」
私が言い終わらないうちに、大神の身体が見る見る黒い毛に覆われ始めた。
「……ワン!」
大神は私が何度も見ている黒い犬の姿になると、一声吠えて炎の輪を抜けだした。
「どうしたの、ウルフ!」
私の呼びかけを無視して木立の方に駆け出した大神は、やがて木々の間に姿を消した。
膠着状態に入った猿との我慢比べに焦りを覚えつつ、大神が戻るのを待っていると、やがて「ギャッ」という悲鳴と共に木立の間から黒い影が飛びだして来るのが見えた。
「……ハマヌーン?」
飛びだしてきたのは、頭部にヘルメットのようなものを装着し、先端の途切れたコードのような物を引きずっている猿――ハマヌーンだった。
「そうか、わかったぞ。あの猿たちはハマヌーンの脳波によって操られているんだ」
金剛が腑に落ちたというように呟いた。私ははっとして、周囲の猿たちを見た。コントロールが途絶えて正気を取り戻したのか、猿たちの目から凶暴な光が消え失せていた。
「猿なのに猿を操るなんて、やはり蓬莱翁のペットね」
私はハマヌーンが逃げ去った茂みを見つめ、思わずそう漏らした。猿たちは目的を失い、ばらばらに行動し始めていた。やがて、木立の間から黒い犬――大神が飛びだしてきた。
「ウルフ……よくハマヌーンの居場所がわかったわね」
私は部下を労うというより、賢いペットを褒める飼い主の気持ちで黒い犬の頭を撫でた。
「さあ、行きましょう。出口はもうすぐそこよ」
私たちは広場を横切ると、ふたたび木立の中へ入っていった。数分後、私たちはゴルフ場の看板がある場所に辿りついていた。
「後は道路伝いに歩いて街に降りればいいだけです」
石亀がほっとしたように全員の顔を見回して言った。
「数キロほどありますが、わざわざ車を呼ぶというのも大げさですし……」
「いいわ、歩きましょ」
私はそう言うと、ゴルフ場の敷地を出て幹線道路に足を踏みだした。仕事を終えた後で事故に遭っては敵わないと道の左右に目を配ろうとした、その時だった。
地面を揺るがすような轟音とともに、坂の下から一台の巨大な装甲車両が姿を現した。
「な、なにあれ……」
装甲車が私たちの行く手を塞ぐように止まり、上部ハッチから一人の女性が姿を現した。
「ファティマ!」
「……まさかトリニティを倒してしまうとは予想外だったわね。でもここから先は通さない……少々、エレガンスに欠けるけど、ここで死んでもらうわ」
ファティマが憎悪のこもった口調で言うと、装甲車の上部から砲台らしきものがせり出し始めた。戦車砲並みの口径から見ても、一発で私たち全員を吹き飛ばせそうだった。
「一分だけ時間をあげる。命乞いでもお祈りでも、好きなように使うといいわ」
そう言うとファティマは再びハッチの内側に姿を消した。砲身が嫌な音を立てて私たちに狙いをつけ始め、緊張が私たちを支配した。
――もう駄目だ、逃げる暇はない――私が死を覚悟した、その時だった。
「ぐあああっ」
突然、石亀が叫び声を上げた。次の瞬間、私たちと装甲車との間のアスファルトがめくれ上がり、三メートル四方ほどの板状に切断されたかと思うと、そのまま盾になるような形で空中に制止した。
「……テディ、「エレクトリック・スナイプ」を使う余力は残っているか?」
石亀が喘ぎながら尋ねると、荻原は一瞬、目を瞬いた後「ああ、大丈夫だ」と言った。
「エレクトリック・スナイプ?」
「ええ。球電と呼ばれる現象を作りだして相手にぶつける能力です。……ただ戦車に対して使ったことはないから、どうなるかは俺にもわかりませんがね」
荻原はそう言うと、なぜか装甲車に背を向ける形で立ち、両手を前につき出した。
「テディ、相手は反対の方向よ」
「これでいいんです。……ボス、俺が「弾」を撃ったらすぐに伏せてください」
言い終わらないうちに、荻原の指先に光る球体のようなものが生じ始めた。
やがてあたりにバチバチという音が響き渡ったかと思うと、球体はたちまちソフトボールくらいの大きさになった。
「……石さん、俺が合図をしたら「盾」を下に落としてください」
「了解だ。気をつけろよ、テディ」
「うおおおっ」
テディが叫ぶと、両手の間から光る球体が後方に向かって放たれた。球体は数メートルほど飛ぶと突然、動きを止め、こちらに向かってUターンを始めた。
「――テディ、危ないっ」
私は思わずテディの首にしがみつくと、そのまま自分ごと後ろに引き倒した。同時にアスファルトの板が地面に激突する音と、何かが爆発するような凄まじい轟音が響き渡った。
耳鳴りとオゾン臭の中、私が恐る恐る顔を上げると、上半分が吹きとんで黒い煙を上げている装甲車が見えた。やがてどこからともなくヘリコプターのローター音が聞こえ始め、遠くの空に黒い点が現れた。
「……くそう、よくもやってくれたわね」
煙を上げている装甲車から、衣服が焦げ、頬に擦り傷をこしらえたファティマが姿を現した。
「この借りは必ず返すわ、探偵」
ファティマはそう言い捨てると、私たちに背を向けた。やがて現れたへリコプターがファティマの頭上で静止し、縄梯子を降ろすと、ファティマはそれを掴んでよじ登り始めた。
私が梯子を登る姿を見つめていると、ふいにファティマがよじ登る手を止め、私を見た。
「……この次は覚悟するのよ」
ファティマの口がそう動いたように見え、私は思わず拳を握りしめた。
ヘリコプターが去ると、道路上には装甲車の残骸と私たちだけが残された。
「――ねえテディ、さっきはどうして後ろを向いて撃ったの?」
「球電には動く金属を追いかける性質があるんです。俺たちが伏せて「盾」が外れれば、弾は自動的に砲台の方に向かっていくというわけです」
荻原の言葉に、私は思わず溜息をついた。どうしてこの人たちはこう、毎度毎度ギリギリの賭けばかりを選ぶのだろう。
「……さあ、行きましょう。遠足が終わったら、私が好きなものをご馳走するわ」
「本当ですか、ボス」
金剛が嬉しそうな口調になって言った。
「ええ、なんでもいいわよ。……そうだ、今週の金曜日はお仕事をキャンセルして事務所でパーティーを開きましょう」
「パーティー?」
「お惣菜パーティーよ。こう見えてもお惣菜のレパートリーは多いのよ」
「……お惣菜パーティねえ」
荻原が呆れたような顔で呟くと、石亀が「いいじゃねえか」とやんわり窘めた。
「ボスの手料理なんて、なかなか食べる機会がないですからね。楽しみにしてますよ」
「――ようし、そうと決まったら、ガンガン歩きましょ。探偵はアジトに着くまでがお仕事よ!」
私は背中に愛すべき、傷だらけの部下たちの存在を感じながら、街の灯を目指して歩き始めた。
〈最終回に続く〉
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