最終話 探偵以上
「ご飯とお味噌汁はここにあるから、勝手に持って行っておくれ」
机の上に重ねられた椀をしゃもじで叩きながら、久里子が言った。
「それでは調査終了祝いの「お惣菜パーティー」を始めます。みなさん、ごゆっくりお楽しみください」
私がパーティーの開始を宣言すると、金剛と大神がさっそく小競り合いを始めた。
「おい、肉じゃがそんなに取るんじゃないよ。無くなっちまうだろうが」
「うるせえな。犬はドッグフードでも食べてろよ。……おおっ、こりゃうまい」
私はタッパーに盛られた惣菜がどんどん消費されてゆくのを、くすぐったい気持ちで見守った。この日のために十種類以上の惣菜を作ってわざわざタクシーで持ってきたのだ。
「うーん、本当にいけますな、ボス。こりゃこの辺の小料理屋より上かもしれません」
石亀が鶏大根をほおばりながら言った。私は含み笑いをしつつ、もしこれがキャンディだったらなんて言うだろうかと想像した。おそらく、ケーキバイキングの方がよかったと言うのではないだろうか。
「……テディ、あんたさっきから物も言わずに黙々と食べてるけど、どうなんだい」
久里子が窓際に凭れてポテトサラダを頬張っている荻原に、問いを投げかけた。
「んっ?……ああ、うまいよ、もちろん。コンビニの惣菜もこれくらいうまかったらな」
私はこみ上げてくる笑いを噛み殺し、「そっか、コンビニかあ……」と呟いた。
「あ、いや。コンビニとは比べ物にならないがな、確かに」
「あんたも素直じゃないねえ。さっきからもうそれで五品目じゃないか」
久里子の指摘に荻原は「うっ」と呻いて噎せ返り、私は思わず声を立てて笑った。
「それにしてもボスの味付けは本当、絶妙だねえ。これならいつお嫁に行ってもOKだわ」
「本当?……じゃあ、自分で自分に依頼しようかしら。私にぴったりの男性を見つけて下さいって」
私が悪戯っぽく言うと、口一杯にご飯を頬張った金剛と大神が、先を争うように手を挙げた。私が思わず笑うと、久里子が脇腹を突きながら「もてるねえ」と言った。
「ところでヒッキ、今回の依頼はカッツェによる偽の依頼だったわけだけど、受け取った前金はどうしたらいいのかしら」
「こういう場合は、そうですねえ……」
私がふと思い立って尋ねると、古森は宙を見据えた後「貰っちゃいましょう」と言った。
私は急におかしくなった。敵からもらった報酬でパーティーを催す探偵社なんて、前代未聞に違いない。でもそれさえも不思議と自分たちらしい、そんな気がするのだった。
どんどん空になってゆく容器と部下たちの満足げな顔を眺めているうち、私はふと、こんな形で皆をバックアップする上司がいてもいいかもしれないと思った。
思えば十日前の私は、探偵のたの字も知らない小娘だった。だが、初めての調査で失敗と学習を繰り返すうちに、新米探偵の端くれくらいにはなった気がしていた。
もし、と私は思った。彼らが私をこれからも足手まといだと思わずにいてくれるなら……私もいつか本物のボスにふさわしい存在になろう。信頼される二代目所長になろう。
私が胸のうちで決意を新たにした、その時だった。いきなり入り口のドアが開き、一人の女性が姿を現した。
「……あらまあ一体どうしたことかしら、この騒ぎは」
女性はこの事務所のオーナーの娘、大船奈津子だった。
「奈津子さん……」
「なんだか廊下にまで匂いが漏れてると思ったら、こんなことをしてたのね。……どうしたの、お店でも始める気?」
「あ、いえ。一つ案件が片付いたので、慰労を兼ねてパーティーをしてたんです」
私は皮肉をかわしつつ、やんわりと説明した。
「それならそれで、もっとふさわしいお店があるでしょ。まったくここの人たちはどれだけこの部屋が好きなんだか。……で、このお惣菜だけど、あなたが全部、こしらえたの?」
「えっ?……ええ、そうですけど」
私が答えると、奈津子は「ふうん」と気のない相槌を打ち、手近な容器の惣菜を口に放りこんだ。私は何かダメ出しでもされるのではないかと、ひそかに身がまえた。
「……あら、結構いけるわね。これだけの物が作れるんだったらあなた、こんな左前の探偵なんかやめて、お店でも開いた方がよっぽど幸せになれるわよ」
私は褒められているにも関わらず、奈津子の言葉に強い引っかかりを覚えた。
「あの、ご忠告は嬉しいんですが、私は探偵の仕事が好きだからここにいるんです」
私が意を唱えると、奈津子は一瞬、意外そうな表情を浮かべた。
「そりゃあ、あなたみたいな若い子だったら、こんな探偵社でも面白く見えるのかもしれないけど、私からしたらクズみたいな会社よ」
奈津子の無神経な一言に、私の中で何かが切れた。私は気が付くと近くのキャビネットにどんと手を突き、怒りに燃える目で奈津子を睨みつけていた。
「な……なによ。別に間違ったことは言ってないわよ」
奈津子は私の迫力に気圧されたのか、のけぞるような格好で言い返した。
「……確かにうちの仕事はクズみたいな仕事かもしれません。探偵たちだって、肝心な時に役に立たなかったり、見ようによってはクズみたいに見えるかもしれません……ですが」
私は気が付くとローファーの足を椅子の上に据え、片肘とともに前につき出していた。
「――どんなものだって、九十九パーセントは、クズなんだよっ!」
私が啖呵を切ると、奈津子は俄かに青ざめ「ひっ」と叫んだ。
「そ、そうなの。私は別にあなたたちさえ満足なら、それでいいの。……それじゃ、また来るわね」
奈津子は唇を震わせて言うと、ぎこちない足取りでドアの向こうに姿を消した。
私は椅子から足を下ろすと、大きく息を吐き出してその場にへたり込んだ。
「お見事、ボス。どこかの姐さんかと見紛うほどでしたよ」
荻原が拍手をしながら言った。すると金剛や大神まで「すげえや、ボス」と言った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。今のは彼女にあまりに腹が立ったから、それでつい……」
私があわてて弁明しかけた時だった。ふいに近くの机で電話が鳴った。
「……はい、絶滅探偵社です。せっかくですが今日はお休み……は?」
電話を取った古森が、なにやら怪訝そうな表情を作った。
「はあ、ご主人がいなくなった……ですか。怪しい女に言いくるめられて……は?」
どうやら電話の相手は、仕事の依頼をしようとしているらしかった。だがそれにしては、古森の表情がどんどん険しくなってゆくのが妙だった。
「怪物を探しにいった?……身長四メートルの巨人?」
漏れ聞こえる会話を聞くうち、私は我慢ができなくなって「電話を貸して」と言った。
「……もしもし、私は絶滅探偵社の二代目所長、汐田と言います。……はい、確かにうちで扱っている事件にはそういう変わった物もございます……ええ、まあ十分な日数と報酬を頂ければ……実績ですか?そうですね、平凡な事件でしたら、我々の能力は平均以下かもしれません。ですが、そのような不可解な事件の解決でしたらうちの能力は、そう……」
私はそこで一旦送話器から顔を離すと、大きく息を吸いこんだ。
「……探偵以上です」
(了)
探偵以上 五速 梁 @run_doc
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