第34話 性急なる侵入


「三十分、経過しました。そろそろ保養所の敷地に到着するころです」


 石亀がタブレットに視線を遣りながら言った。木立の間に停められたワンボックスカーは一応、迷彩模様のフィルムを貼ってあったが、近くで見れば怪しまれることは間違いなかった。


「ねえ石さん、もしここまで警備の人が来たら、どうするの」


「その時はまた、対処を考えます。そのために私がいるんですから」


 石亀の存在は確かに心強かったし、待機組には古森もいた。最後のミッションを遂行するにあたり、事務所を空にして総力戦を展開しているというわけだ。


 敵のアジトがゴルフ場の地下ではなく、その隣の土地に建っている、とある企業の保養所跡が入り口だという情報を得て、私たちはついに潜入を決行することにしたのだった。


 保養所に向かっているのは金剛と大神で、ゴルフ場の側からは荻原が接近していた。


 最終的にはアジトに拘束されていると思われる浦野医師を救出するのが目的だが、実は金剛たちの方が陽動部隊で、荻原の方が本体なのだという。


 私と石亀、古森の三人は保養所から若干距離を置いた山林の中で、荻原から連絡があるまで待機しているというのが任務だった。


 どっしりと構えているのが仕事とだとわかってはいても私は正直、生きた心地がしなかった。なにしろ部下が今まさに敵の中枢に飛び込んでいこうとしているのだ。落ち着けという方が無理だ。


「ボス、コンゴから連絡が入りました。保養所は人気がなく、侵入は可能に見えるとのことです。どうします?」


 私は少し考え、妥当と思える考えを口にした。


「あと三十分待ってテディから連絡がなければ潜入して、と伝えて」


「わかりました」


 私は自分が突入命令を下してしまったことで、鼓動が早まるのを意識した。

 それからさらに十五分が経過し、私は思わず自分の思いを口走っていた。


「石さん、私たちもコンゴたちと合流して、一緒に潜入してはだめかしら」


「ボス、自重してください。一緒に行ったとしたら、敵が真っ先に狙うのはボスです」


「わかったわ。言ってみただけ」


 私は頷き、金剛たちが入って行った木立の奥を見つめた。古森は後部席で何かのデータをいじっていた。彼女までが戦うことにならなければいいのだが、と私は胸中で呟いた。


「……妙ですね。金剛たちから保養所に関する報告がありません。突入しないまでも、潜入ポイントくらいはとっくに見つけているはずなんですが……」


 石亀が首を傾げた、その時だった。ずしんという重いものが倒れるような音がして、近くの木立が大きく揺れた。ついでめきめきと木が折れる音がし始めたかと思うと、たわんだ木の間から巨大な影が姿を現した。


「……ゴレムだわ!」


 私は目の前に現れた四メートルの怪物を見て、思わず叫んだ。


「そのようですな。……ボス、いったん車から降りましょう。降りたらヒッキと一緒に車から離れてください」


 私は車から飛び出すと、言われた通り古森と共に近くの木陰に避難した。石亀は車の傍らで、人とも獣ともつかぬ咆哮を上げながら迫ってくるゴレムの前に立ちはだかっていた。


「……石さん!」


 私が思わず叫んだ、その時だった。折れた丸太が何本も飛び上がったかと思うと、ゴレムの周囲に浮遊し始めるのが見えた。


「石さん、丸太が!」


「大丈夫です……見ていてください」


 宙に浮いた丸太はゴレムに合わせ、まるで行く手を遮るかのような動きを見せた。


「……があっ」


 ゴレムは苛立ったように顔の前の丸太を払いのけた。するとまた後から新しい丸太が襲いかかり、それ以上前に進むことを阻んでいた。


「石さん……これってあなたの「能力」なの?」


「そうです。これが私の「表の力」です。一種の念動能力ですが、テディやコンゴと同じように自分の狙った物体を動かすことはできません」


「なぜ、今まで使わなかったの?」


「……考えてもみてください。人がいる街中で、やみくもにこの力を使ったらどうなります?あちこちで物が倒れたり吹き飛んだりしたら、無関係の人たちに危害が及びかねません。この力は人のいない場所でしか使えないのです」


「がああっ!」


 ゴレムがひときわ大きな咆哮を上げ、丸太を強引に押しのけて進み出るのが見えた。


「……ボス、とりあえずここは私が食い止めます。ボスはヒッキと一緒に、この先にいるコンゴたちと合流してください」


 石亀は私たちに背を向けたまま、叫んだ。私と古森は目顔で頷き合うと、木立の奥に向かって駆け出した。数分ほど走ると木立が途切れ、平地と建物が姿を現した。


「ヒッキ、コンゴたちはどこにいるの?」


 私が足を止めて聞くと、古森はタブレットを取りだし、操作し始めた。


「建物の東側……あの、ゴミ集積所みたいなスペースのあたりです」


 古森が指で示した先に、金網で囲まれた物置ほどの大きさの空間が見えた。


「行ってみましょう」


 私と古森は身を低くすると、平地の縁に沿って円を描くように移動した。金網で囲まれた一角の前まで来ると、私たちは足を止めて再び金剛たちの居場所を確認した。


「あれ……おかしいですね」


「どうしたの?」


「ついさっき、送ってきた情報だとここが合流地点のはずなんですが……いないですね」


 私は思わず周囲を見回した。たしかに人気はない。たとえ息を潜めているにせよ、金剛ほどの体格の持ち主が見えないはずがない。


「どうしたのかしらね。何か緊急の事態があって、場所を変えたのかしら。どう思う?」


 私が古森の方を向いた、その時だった。古森がタブレットを持ったまま、後ろに大きくのけぞるのが見えた。タブレットの上には、見たこともないような大きな蛙が乗っていた。


「ヒッキ!」


 古森はそのまま仰向けにひっくり返り、白目を剥いて動かなくなった。


「ど、どうしよう……これじゃここから動けないわ」


 私はうろたえ、反射的に古森の放りだしたタブレットを拾いあげるとあたりを見回した。


 蛙はどこかへ飛び去り、肝心の金剛たちは一体どこに消えたのか、影すら見えなかった。


 ――仕方ない、石亀が来るのを待とう。


 私がその場で待機することを決意した、その時だった。蛙が飛び去ったあたりの草むらが、急にがさがさと揺れ動いたかと思うと、小さな影が姿を現した。


「あっ」


 私は現れた影を見て、私は思わず顔を背けた。だが、影は私の動きを読んだかのように素早く正面に回りこむと、私の顔を覗きこんだ。


「……ハマヌーン……しまった、催眠攻撃……」


 その黄色い目を見た瞬間、私は身体の自由が奪われ、意識が遠のいてゆくのを感じた。


             〈第三十五回に続く〉

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