第31話
(あ)
チェックすると、十分前に桃からメッセージが来ていた。『状況はどう?』というシンプルなもの。『pwn3、りばーす2』とゆあんが返信している。『リバース3問目はあとちょい』と追記もされていた。
『こっちは、Webが3、Network1。これからNetworkをやる予定』
二海はそう返した。
『おっけ! こっち、Crypto3misc2だけど、Cryptoのラス問今解けたから、スコア見てみe』
タイプミスもそのままに送られてきたメッセージに、二海はスコアボードを見た。『KJCC』が、四位に入っていた。
『すごい!4位!』
『ね!いいかんじ!』
『wow』
二海は、自分でも知らなかったような興奮に包まれた。AJSEC Juniorで五位以内に入る。それが目標だと頭で理解はしていたのだけれど、それが実際になってみると、顔が熱くなるくらいに嬉しいものだった。
『このままいこう!』と二海は嬉しさをそのまま書き込んだ。
『うん!そろそろ夜だし区切りのいいタイミングでご飯とかはすましちゃって。早くぜんぶ解いちゃおう』
時計を見ると、既に六時を回っていた。二十四時間の四分の一はもう過ぎたわけだ。割当てのうちで、Webが三問、Networkが一問終わり、残りはWeb一問にNetwork三問だ。単純に数だけならあと半分だが、終わらせたのは易しい方の半分だ。そして、後にいくに連れて問題の難易度は指数関数的に増加する。特に、各ジャンルの一番最後の問題は、それまでの問題を全部合わせたよりも時間が必要なことが多いのだ。しかし一番配点が高い問題なので、上位を目指すなら絶対に解かなければいけない。それだけに、桃が既に最後の問題を終わらせているというのに二海は感心した。自分もやってやろう、と思った。
それでも、むずかしいWebSocketの問題をやっつけた後では、一旦小休止がほしかった。二海は下に降り、さっとシャワーを浴びた。あがるとちょうど夕食の用意の最中で、二海は鶏の照焼やサラダや味噌汁の椀をせっせと運び、食卓についてからはいつもよりも噛む回数三割減で食べた。
部屋に戻ると、窓の外には夕暮れの色が差していた。シャワーと夕食をはさんだので、少し気分はリフレッシュされていた。二海は机の前につき、スリープモードを解除した。
夜は速く過ぎていった。Networkの二問目を解き、三問目にかかるころには九時になっていた。暗い外からは、じーという虫の声が聞こえてくる。
二海はもう一度スコアボードを確認しにいった。一問ぶんのスコアを追加したのに、KJCCは一個順位を落として五位になっている。
(五位かあ……)
まだ明日の正午までは遠い。その間に他のチームが上に食い込んでくるおそれがあるので、五位といってもまだまだ安心できなかった。
一位のチームは変わらず『おとうふくらぶ』だった。先程三位だった『四谷高校コンピューター部』は、今は五位以内から消えて七位となっている。同じ高校生として、一緒に五位以内に入ることができたらいいなと二海は思った。もっとも、向こうはこちらが高校生だということもしらないだろうけれども。
二海はNetwork三問目に取り掛かる前に、ネムシャキのキャップをあけた。味は、思っていたほどまずいものではなかったが、ドリンクというより薬の風味だった。飲み終わった後、口直しに二海はチョコレートを含んだ。だが、口の中で混じってひどい味になってしまった。
『今ネムシャキのんだ』と、チョコレートを飲み下した二海はチャットに書いた。
『ききそう?』とすぐゆあんからの返信があった。
『すごい薬っぽい』
『私も飲んでみよ』とゆあんは書いた。しばらくしてから、『とりあえずまずさで目が覚める』と続きが来た。二海は少し笑ってしまった。メッセージを書くのが、普段に比べて楽だった。どう書けば伝わるか、こう書いたらへんにとられないだろうか、と考える余裕がないので、思ったことをそのまま書くことができた。
Networkの三問目は、管理画面へのログインページが表示されていた。しかもIDとパスワードも提供されている。それを入力すると、『Hello Admin!』と表示された。それだけで、他には何のヒントも無い。
二海はしばらく悩んでから、この管理画面を動かしているサーバーで、どんなプログラムが動いているのか調べるためポートスキャンをかけることにした。管理画面用のHTTPサーバーの他に、いくつかプログラムが動いている。
プログラムのひとつひとつについて外部から何かできないか試していると、チャットにメッセージが来たことに気がついた。
『今6位なってた』
というゆあんからの報告に、二海は一瞬手を止めた。さっき心配していたことがやっぱり起きてしまった。
『しかたない、自分のぶん早く解こ。今どんなところ?』と桃の反応がつく。
『それぞれラス1』
『こっちはCrypto1のmisc2』
『Webが1、Network2』と二海もすぐ返した。
『一位のチームはもうあと一問残してるだけだから、あそこは確定。でもまだ下は残ってるから、早く解けばぜんぜんいけるよ』
桃の言葉に、二海はまたターミナルに戻った。気が急いた。
しかしNetworkの三問目を解くのには、いやになるくらい時間がかかった。サーバーで動いているプログラムの中からメール受信のためのプログラムにアクセスし、メールのデータを見られるようになったまではよかったものの、メールデータは百通以上もあった。そのひとつひとつを確認していき、中にあったハッシュ化された文字列をツールを使ってもとに戻し、フラグを得る。そこまで終わったのは、日付がかわってからだった。
それでも、フラグを送信してからスコアボードを見ると、KJCCはまた五位に戻っていた。
『5位に戻ったよーーー』
笑顔の絵文字が十もならんだゆあんからの返信と、『やった!ナイス!』という桃からのメッセージ。よし、と二海は一旦伸びをした。
窓をあけてみると、深夜なのにむわりとした空気が部屋の中に入ってきた。このべたつきといい温度といい、完全に夏の空気だった。
静かな外からは、虫の声に時々通る車の音しかしない。二海はしばらく空気を入れ替えてから窓を閉め、Webの最後の問題に取り掛かった。
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