第47話
「今日やったのは、えっと、最初がWebの問題で、これはふつうにSQLインジェクションを使って解くものだったんだけど」
「SQLインジェクションっていうのは何?」
教壇の上に立って話していると、里々からの質問が飛んできた。
「SQLインジェクションっていうのは、えーと、攻撃用の文をわたして、データベースに意図してない攻撃をさせることで……」
「どうやって渡すの?」
「えっと、大体のWebアプリケーションは、ユーザーからの入力を受け付けて、それを元にデータベースへのSQLを組み立ててるんだけど……」
「ちょっとまって、まずSQLっていうのは何?」と横から優が口をはさむ。
「SQLっていうのは、あの」
「画面を映して見せたほうが早いんじゃない?」
桃がプロジェクターを指さした。
「あー、うん、そうする」
自分のノートパソコンをプロジェクターに接続しながら、二海はすでにへとへとな気分だった。最後の『共有』の時間では、二海の番になるとものすごく時間がかかる。里々や優がそもそもの用語をたずねてくるし、時折ゆあんが間違いを指摘し、桃が別の解き方について議論を始める。他の、たとえば桃や里々の番は、こんなことにならない。やったことについてまとめて話し、いくつか質問が出て、それで終わり。なのになぜ自分のときだけこうなってしまうのだろう。
たぶん、自分の話し方が悪いのだ。二海はそう思っていた。桃の話し方は、『自分の言っていることがちゃんとわかっているし、内容について自信があります』という印象を受ける。声が落ち着いているし、話の運び方もスムーズだ。対して自分は、語尾が消えてしまったりそもそもボリュームが小さかったり、どうしても自信なさげな話し方になってしまう。そしてその自信なさげなところが、ツッコミどころに見えてしまうのだろう。
実際の問題の画面を見せながら、『本当はここにユーザー名を入れるんだけど、そこにSQLのクエリを入れて』などと説明し、やっと終わったときには五時前になっていた。『共有』が始まってしばらくになるが、二海の番はいつの間にか一番最後ということになっている。そうでないと他の人の時間を圧迫してしまうからだ。
疲れてしまうし、気が重いのは変わらないが、それでもこの『共有』にはいいこともあった。里々の言ったとおりに、自分の口で説明するには、まず自分がきちんと理解していなければならない。『データベースというのはそもそも何なのか?』『ハンドシェイクっていうのは何をしているの?』といった、今まであいまいにとらえていたところも、きちんと腹に落ちるまで勉強するようになった。話しているうちに、解けていなかった問題の解法が思いつくこともある。いい刺激であることは確かだった。まだ慣れるとまではいっていないけれども。
部活が終わってから、駅への帰り道は相変わらず暑い。今年は世界的な猛暑らしく、西のほうでは気温が四十度にまでなったところもあるようだ。もちろん東京も容赦なく暑く、歩きはじめて一分も経たないうちに汗が吹き出てくる。じいじいというセミの声もうっとうしい。
「あついー!」
前を行くゆあんが大声を出す。
「いっつも言ってるじゃん、それ。よく飽きないね」
隣を歩いていた優が言った。その優も、通学用のリュックを頭上にかかえて日傘がわりにしている。
「毎日暑いんだからしかたない。通学路ぜんぶに屋根つけてほしい」
「うちの学校にそんなカネないでしょ。雨とか便利そうだけどさ。でも……暑い」
「思ったんだけど、コンビニでフラッペって売ってるでしょ? それを行き帰りに飲みながら歩いたらいいんじゃないかな」
里々がだるそうに歩きながら言う。
「学校のそばにコンビニあったらよかったんですけどねー」
桃が言った。通学路途中のコンビニは、どちらかというと駅に近い。暑さが耐え難いのは朝の来るときよりも、帰るときのほうだ。
「あれでもいい、パピコ。あれ朝に一個、帰りに一個食べればいいかも」
ゆあんが言うが、すぐ優が「帰る頃には溶けてるでしょ」とつっこんだ。しばらく五人は無言で歩く。
「あー……プールいきたい」
ぼそりと二海は言葉を漏らした。暑さのあまり、思ったことがそのまま口に出てしまった。
「いいねー」
里々が同意した。「いきたーい」と桃も声を上げる。
「え? どうしたの?」
優がくるりと振り向いた。
「プールいきたーい、って」
桃が答えると、優も「めっちゃいきたい!」と激しく頷いた。
「そしたらさー、今度ほんと行こうよ。次、来週の活動の後」
優が本気の言い方で言った。
「あ、私来週は来れない、親戚の家行くから」
里々が言い、「あー、お盆か。そうだったね」と桃はスマートフォンを取り出した。「じゃあ……でも、次の次の週だと何かタイミング的になー……。あ、そうだ。あれだ、九月にAJSEC終わったら行かない?」
「え、遠」
優は難色を示したが、二海は「いいかも」と同意した。
「打ち上げってことで?」と里々が言う。
「そうです。そこで一旦一区切りかなって」
桃は笑顔を見せた。
「九月ならそんなに混まなさそうだねー」
「えー。むしろ今行きたいくらいなのに」
優が抗議したが、
「そんな時間あったら、gdbの使い方覚えるほうが先」
とゆあんが言った。
「わー。せっかくの夏を……」
「何が。水に浮くよりバイナリ解析の方法覚えたほうがよっぽど楽しい」
「そんなのあんたぐらいだけ!」
自分の一言がなんだか展開してしまったな、と二海は暑さの中で考えた。そして、あ、水着買わないと、と思いついた。プールに遊びに行くというは、小学校以来だった。
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