第48話
お盆をはさみ、夏休みの後半になってくると、活動の内容は実戦を想定した方にシフトしていった。
『Pwn・Reversing⇢ゆ・優、Crypto⇢里(+桃)、Web・Network⇢二(+桃)、Misc⇢桃』とチャットのフリーテキスト部分に書かれ、その割り当てに応じて、実際のCTFの問題を制限時間付きで解くこともした。
三時まで、と時間を区切って始めたその実践練習が終わった後、五人はコンピューター室の外に出て、しばらく休んだ。お手洗いに行ったり、ベンチでジュースを飲んだり、制服のまま屈伸をしたりした。
「あそーだ、忘れてた」
そう言った里々が一旦コンピューター室に戻って取ってきたのは、お土産の箱だった。白と赤の、ひょうたんのような形をしている。
里々がその箱を開け、「お土産ー」と中から個包装のお菓子を取り出してみんなに配った。
「なんですか、これ」
ゆあんが袋をつまみ、プリントされている顔の柄を見ながらたずねる。
「『ぴーなっつ最中』。お盆に親戚のうち行ってきたから」
「へー。場所は?」
「千葉の館山。南の端のほう」
「あー、海の近くじゃないですっけ」
「そうそう。周りにあんまり建物がないから、星がきれいに見えてね。ゆあんちゃんはお盆どっか行った?」
「うちは別に……」
「私は岩手ー」
と優が声をあげた。
「やっぱり涼しくってよかった。周り何もないけど」
「そしたら何かお土産ないの?」
と、ゆあんは『ぴーなっつ最中』をつまみ、ぶらぶらさせながら言った。
「忘れたー。里々さん、すいません」
「ぜんぜん、私も食べるし」
と里々は自分の『ぴーなっつ最中』の包みをやぶる。
「私も親戚の家は行ったけど、おんなじ東京だからなあ。二海ちゃんは?」
桃にたずねられ、二海も「うちも……お墓が埼玉だから。お墓参りして、近くで親戚集まってご飯食べただけ」と答えた。
「それだとあんまり『里帰り』感ないよね、近すぎて」
「うん。それに、親戚との集まりって何か、疲れる。いろいろ聞かれるし」
「わかる。絶対『大きくなったねー』って言われない? 一日に十回は言われる」
「言われるー。しかもこっちはあっちの名前覚えてないから、『あ、はい……で、誰?』みたいになる」
しばらく『お盆あるある』が続いた。それが一段落した後、「で」と優が話を転換させる。
「あの、エージェーセク、さっきみたいな問題があんなに出るの?」
「いやー、あれより問題数は多いよ。さっきのは一ジャンル二問だったけど、一ジャンル四問になる。しかも難しいのが。今のやつはレベルとしてはJuniorの一、二問目程度だから」
「はー、マジ? 無理」
桃の返答に、優は手を振った。
「でも、その分時間も長いよ。昼の十二時に始まって、次の日の十二時に終わるから、二十四時間」
二海は『だからそのぶん時間をかけて解けるよ』の意味で言ったのだが、優の反応は「そんなに! 長すぎ!」だった。
「あっという間だよ、やれば」
ペットボトルのお茶を飲んで、ゆあんが口をはさむ。
「いや、死ぬね。さっきのやつですごいたいへんだったもん」
間違いなく死ぬ、と断言する優の声に、里々の声がかぶさった。
「それさ、ちょっと思ったんだけど、どこでやるの?」
「どこで……」
二海と桃、それにゆあんは顔を見合わせた。代表者のように桃が口を開く。
「それぞれの家で、と思ってましたけど」
「チャットでやりとりはできるし」とゆあんも付け加える。しかし、里々はそれには納得していないようだった。
「うーん……それだと、やりにくいんじゃないかなあ。やっぱり、同じところにいたほうが声もかけやすいし、画面も見せられるし。あと、私、自分用のパソコンって持ってないから、家だとちょっとむずかしいかな」
「私もない」
「あー、そうかあ……」
桃は考え込んだ。といっても、他にすぐ『じゃあここで』という場所は思いつかない。学校は日曜は開いていないし、夜になれば閉まってしまう。
「合宿所、ってないんだっけ。うちの学校」
「聞いたことないなあ……」
「無いと思うよ。運動部も合宿のときはどっか別のところ行ってるもん」
しばしの間沈黙が続いた。
「そしたら……ちょっと、考えさせてください。といってもAJSECは九月の一日、二日だから、あまり日は無いんだけど……」
桃はそう言って、その場を一旦切り上げた。
しかし桃の言う通り、日はあまりなかった。夏休みもあと二週間を切っているのだ。その日、家に帰ってから、二海は机に向かっていた。いつものCTFではなく、学校の宿題だ。まだ時間はあるし、とほうっておいたが、あらためて見直すとなかなかのボリュームだった。古文の現代訳。数学のプリントが十枚。英作文。休み明けにテストがあると予告されている、英単語のリスト。
古文の現代訳は検索して出てきた結果をそのまま書き写すという技で片付けられたが、英作文はそうもいかない。未来完了形を使えとか、『encourage』を使えとか、制限があってそれに従わなくてはいけないのだ。単語を覚えるのも自分でやらなければいけないし、数学も後ろに控えている。休みの最終週は、AJSECの準備で時間を使うだろうから、さっさとかたづけたいのだが。数学の公式も、習った記憶はあるのだが、すでに頭から抜け出てしまっている。自力でやるとすると、かなりの時間を費やしそうだった。
(今度このプリント持ってって、誰かに聞こうかな)
積み重なったプリントを横目でにらみ、二海はスマートフォンを取り出した。メップラで、宿題のことを送ろうとロックを解除する。
(あれ)
すでにアプリには通知マークがついていた。なんだろう、とアプリを開く。
『九月一日のことだけど』
『今日話した千葉の親戚のうちが、民宿やってるんだけど、聞いたら安く泊めてくれるって』
『九月はひまなんだってさ。二階がまるまる空いてるからって』
三回に分かれて、柴犬の写真をアイコンにした里々からメッセージが送られてきていた。二海がそれを読んでいる間に、また一つメッセージが送られてきた。
『ありがとうございます!』
桃からだった。
『確認したいんですけど、ネット環境って整ってますか?』
『大丈夫だと思う、Wifi使えるってホームページに書いてあったし』
『よさそう。親に確認してきます』
優が猫のキャラクターのスタンプと一緒に送ってくる。
『そしたら後はマシンの用意か』
ゆあんから送られてくる。『私の古いやつなら一台あるから持ってけるけど、あと一台ないかな』
どこからか調達できないものか、と二海は考えた。時々父や母が家で仕事しているときに使っているのはあるが、テプラのテープで『コミュニケーション事業部』などと蓋に貼ってある。会社のものなのだろうし、あれは使えなそうだ。
ふと、二海はあることを思いついた。席を立って、部屋を出る。仁美の部屋の前に立って、ドアをノックした。
「なにー?」
仁美はベッドに寝転がり、漫画を読んでいた。
「あのさあ、お姉ちゃん、ノートパソコンって持ってたよね? 借りれない?」
「え? なんで?」
「あの、前話したセキュリティコンテストで使いたくて」
「え、だって自分の持ってるでしょ?」
「持ってるんだけど、友達のぶんが無くって」
「えー、そんなことあるの?」
「ある」
仁美は顔をしかめた。
「セキュリティコンテストって……何か変なことに使うんじゃないの?」
「そんなことしないって!」
「レポートに使ってるんだから、壊されたりすると困るんだけど」
「壊さないよ! お姉ちゃんより、パソコンには詳しいんだから」
「んー……」
仁美は漫画の読んでいたところに指をはさみ、しばらく考えていた。
「いつまで使うの?」
「とりあえず、九月の二日まであれば……」
仁美は軽く腹筋をつかって身体を起こし、机の引き出しからノートパソコンと電源アダプターを取り出した。
「じゃあ、これ。絶対に壊したり、おかしいことしないでよ」
「っ、ありがとう!」
二海は片手にノートパソコンを乗せ、片手で仁美の部屋のドアを音がしないように閉めた。急いで自分の部屋に戻り、スマートフォンを開く。
『念の為ポケットWifiも持ってくけど』
さっきから会話は少し進んでいた。そこへ、『お姉ちゃんからノートパソコン借りれた』と二海は書き込んだ。
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