第49話
八月三十一日、十一時五十五分発の総武本線快速君津行き。待ち合わせは地下のホームだったので、二海は一階からエスカレーターに乗り込んだ。手すりをぎゅうとにぎる。長いエスカレーターで怖いというのが理由の一つで、もう一つは荷物が多くてバランスが崩れそうだったからだ。左肩に着替えや何かの泊まり道具が入ったボストンバッグをかけ、背中にノートパソコンを二つ入れたPCバッグを背負い、右手には母に持たせられたウエストの紙袋を持っている。
親に泊まりの話を持ち出すと、意外なほど反対されなかった。ただ、『相手の親御さんにも確認しないといけないから』ということで、里々に家の電話番号を聞き、親同士のなかなか長いことかかる電話、お邪魔するときの注意、一日一回は連絡をすること、帰りの電車に乗ったときも連絡をすること、などのいくつもの条件がつけられた。それでもとにかく、こうやって来ることはできた。
「おー、こっちー」
ホームにつき、左右を見渡すと、端のほうに優がいた。レースシャツにデニム、足元はサンダル。シンプルな格好なのだが、おしゃれな印象だった。自分の格好とはどこか違う、と二海は自分が身につけているTシャツとスカートを見下ろした。
「荷物、ベンチに置いたら?」
「そうする、重くって……」
ボストンバッグを置き、その上に紙袋を乗せると、身体が軽くなった。ポケットからハンカチを出し、汗ばんだ額をおさえる。
「総武線って乗るの初めて」
「あ、そうなの?」
「そもそもJRにあんまり乗らないなあ。帰省のときくらい」
「佐々岡さんの家ってどこらへんだっけ?」
二人が話していると、後から桃、里々もやってきた。最後に来たのがゆあんだったが、これは二海よりももっと大荷物を抱えていた。
電車が入ってきて、五人はいち早く乗り込んだ。
「結構空いてるね」
「さっき人降りたもんねえ」
ボックス席が並びで空いていた。上げられるものは網棚に乗せ、座席に座ると、すぐに電車が動き出した。
「どのくらいかかるんでしたっけ」
「三時間くらいかなあ。君津で一回乗り換え。駅についたらバス」
里々はかぶっていたキャップを取りながら答える。
「わりと遠い……千葉だからもっと近いかと思ってたけど」
「特急電車もあるらしいんだけど、出るのが夕方、夜なんだよね」
電車はまもなく地上に出て、千葉に入った。市川、船橋、津田沼といった駅を通過し、千葉駅を出てからは周りの風景ものんびりとしたものになってきた。五人はそれぞれ持ってきたおにぎりやサンドイッチ、トッポやポテコ、ハイチュウを交換しあいながら食べた。
「修学旅行みたい」
二海はひとりごとをつぶやいた。修学旅行といっても、二海が中学で実際に行った修学旅行はこんなふうではなかったけれども。
「あ、海! 海!」
桃が窓の外を指差すと、全員がそちらを見ようと首を伸ばした。
海は、君津で乗り換えて内房線に入ってからはもっとよく見えた。日光を反射してまぶしい水面がいっぱいに広がっていた。
ただあまりまぶしすぎて、途中からブラインドは下ろすことにした。そして景色のかわりに、CTFの話をする。
「ねえ、整数を素因数分解するときって、いくつかアルゴリズムがあると思うんだけど、何を使ったらいいかってどうやって決めてる?」
「RSA暗号のときですか? そのときはもう単純に総当たりで、その整数より小さい素数で割ってくか、たしか素数同士の差が小さいときにはすごい速いやつがあったと思うんですけど」
桃はキャリーケースを開けた。中には何冊も本が入っている。その中から一冊をよって取り出し、里々と一緒に覗き込んだ。
「ねー、パスワードファイルって、どこのことかわかる?」
優が二海にたずねてきた。スマートフォンで何かのページを表示している。見ると、ある問題の解法を解説したページだった。『このユーザーのパスワードを書き換えるために、パスワードファイルに以下の文字列を追記する必要がありますが……』とある。
「えーと。/etc/passwdだと思う。書いてない?」
「なるほどね。で、この『シンボリックリンク』っていうのは?」
「えっと、これは、Windowsのデスクトップアイコンみたいなもので……」
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