第15話

「だって最初に言われたのがさ、『CTF部に入らない?』で、そんな部あるの? って聞いたらこれからつくるって言うの。で、部になったら活動費が貰えるから、それで本がたくさん買えるって言うんで入ったのよ。そしたら入ってからわかったのが、今年の予算はもう決まってるから部はつくれないって。同好会って扱いで場所を使うのはできるんだけど、私は本が買いたかったのにさ」


 ゆあんは手の中で飴の包み紙をもてあそびながら話した。『本が買いたかったのにさ』のところまでくると、包み紙はもうぐちゃぐちゃになっていた。


「まあ、CTF自体は結構面白いし、わりと勉強にもなるかな? っていうかんじだからやってるんだけどさ」

「でも、……三石さんって、すごく詳しいんでしょう?」

「詳しいっていうか……」と、ゆあんは飴を噛み砕いた。「まあ、前からやってたし」

「前って、いつ頃から?」

「えー……小学生? 五年か六年かのとき。夏休みに親戚の家でラズパイ見つけたのがはじめかな。親戚の集まりって子供は暇じゃん? だからその間ずっといじくってて、家に帰ってからはラズパイの初めてキットみたいなやつ買って、よくあるけど気温を測定したりして。で、お年玉とかでセンサーとかいろいろ買ったりしたんだけど、それでデバイスドライバが必要になってきて、最初は雑誌とかネットに載ってるやつのコピペだったんだけど。中学入ってからは、その意味というか、実際自分で一からCで書いてみたり、カーネルの働きとか……そういうのをやってた」


「おお……すご……」と二海は思わずつぶやきを漏らした。ゆあんが喋っていた『デバイスドライバ』とか『カーネル』とかが何なのかは知らなかったが、ゆあんの話しぶりからは、ゆあんの熱と費やした時間とが伝わってきた。


 たしかな、ぐらつかないもの。自分でしっかりと握っているもの。それをゆあんは持っているのだ、と二海は感じた。そして、それが羨ましかった。


「いや、そんなんでもないし。まだ全然だから」とゆあんは視線を外して言ったが、口ほどに『全然』と思っているようでもなかった。


「ってか、そっちは今何してんの?」

「あ、これやってるんだけど、よくわからなくて……」


 二海は画面をゆあんの方に向けた。ログイン画面をちらと見たゆあんは、「あー」と言い、「『ガイド』持ってないの?」とたずねた。


「ガイド?」

「ほら、何だっけ、『CTF攻略ガイド』。桃が持ってたでしょ」

「ああ、あれ」


 二海はコンピューター室の後ろへ向かい、キャビネットの中からそれを取り出した。あまりにCTFに使う本が多く、それだけで鞄がぱんぱんになってしまうほどなので、桃が空いていたキャビネットを使えるように許可を取ったのだった。


「ここに載ってるでしょたぶん。えー……」ゆあんは渡された本のページをぱらぱらとめくり、「ほら、これこれ」と示した。『SQLインジェクション』という副題がついていた。


「そのままってわけではないけど、だいたい似たようなもんだよ」

「あ、ありがと……」

「それでもだめだったら、もうWriteUp読みな? まんま解法載ってるから。そのほうが早いでしょ。あんま悩んでてもね、時間無駄だし」

「そうか……あれ、見たらけっこう英語で、しかも専門用語も出てくるから難しくて……」

「いやもう、英語は必須だからね。でもそんな難しい言い回しWriteUpでしないだろうし、Google翻訳でもすればいけるでしょ。できれば原文のほうがいいけど。前翻訳したらずーっと『虫がこの引き起こした』とか『とても珍しい虫で』ってでてきて、何のことかと思ったら『bug』だったし」

「あはは、そんなことあったの」


 二海は笑った。「三石さん、英語もできるんだ」と続けると、ゆあんは髪を耳にかけて、


「あ、前から言おうと思ってたけど、ゆあんでいいから。同学だし」と言った。

「あ、うん……わかった、えっと、私も……」


 二海はそう言いかけたが、前から名前で呼ばれていたことを思い出して後を濁した。それでも、二海は顔のあたりが熱いのを感じた。人を呼ぶ時にはたいてい『名字+さん』だったので、他の人には何でもないことなのだろうが、二海にとっては大事だった。


「おはよー!」


 その時、がらっと扉を開け、桃が入ってきた。「お、揃ってる、いいね!」


「テンション高いな……」


 ゆあんのつぶやきも意に介さず、桃はそのまま教壇にのぼった。


「今日はね、重大発表があります。いや、発表?……ちがう、提案? 重大提案があります!」

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