第12話
結局本を読み終わったのは夜の二時だったので、翌朝二海は目の奥が鈍く重いような眠さを感じながら電車に乗った。それでも、駅を出てからコンビニに寄るのは忘れなかった。
学校までの通学路の途中にもコンビニはあるのだが、そこはいつも桐ヶ谷女子の生徒たちで混雑している。同じクラスの生徒がいたらどうしようと、二海はいつも駅から学校とは反対の方向に行った、客の少ないコンビニを使うことにしていた。
店内放送では新商品のスムージーの宣伝が流れている。二海は袋入りの菓子の棚の前に立ち、パッケージを一つ一つ注意深く見ていった。昨日桃にチョコレートを貰ったので、今日は自分が持っていこうと考えたのだ。
桃とゆあん、二人ともチョコレートは食べていたから、やっぱりチョコレート系のもののほうがいいだろうか。それとも種類を変えて、飴のほうがいいだろうか。このイチゴミルク味の飴は好きだけれども、この味しか入っていない。何種類かの味が入っていたほうが選べていいのではないだろうか。やっぱりチョコのほうが間違いないかもしれない。そうやって悩んでいたので、時計を見るともう始業までの時間がなくなっていた。二海は慌ててオレンジやレモンやメロンの味の飴が入った飴を掴み、急いで会計を済ませて学校まで走った。
睡眠時間が少なかったせいで、その日の授業は特に眠かった。三時間目の英語の時間、教師が現在完了形の説明をしている間、二海はうつらうつらとしていた。身体が変に暖かかった。
「……じゃあ、隣同士でこの会話を練習して」
その教師の言葉が耳に飛び込んできて、二海ははっと目を覚ました。様子を伺うと、前の列のほうでは教科書を手に持ち二人一組になって『Where have you been?』などと始めている。二海は教科書のその場所を探し、左隣の席の生徒に目をやった。しかしその生徒は、もう前の席と右の席の生徒とで三人のグループをつくり、そこで音読を始めようとしていた。二海はその子たちと目が合わないように、急いで視線をそらした。
賑やかな教室の中で、二海は一人じっと教科書を見つめ続けた。とても英語に長けているのでこんな低レベルなことできないと思っているとか、授業なんてかったるいと思っているとか、教室の中で起こることにまったく関心が無いとかだったらいいのに、と二海は思った。その中のどれかのふりをしてみようともした。不成功だった。実際はそうではないということを、自分自身がちゃんとわかっていたからだ。
二海は顔を伏せながら、ちらと横目をつかった。例えばあの冴香なら、もし隣の席の生徒が違うグループをつくっていても、そこに穏やかにスムーズに溶け込めるだろう。どうして、もっと楽な、もっといい、もっと正しいやり方が出来ないのだろうか。二海は、どうか教師が自分を見つけないようにと祈っていた。
そういう時間を過ごしたので、放課後には二海はなんだか疲れてしまっていた。それでも教室を出てコンピューター室に向かっていると、教室の中で椅子に座っていたときよりも心のざわつきはおさまっていた。
今日は、既にコンピューター室に灯りがついていた。そろそろと扉を開けると、中には桃だけがいた。
「おー、おつー。本読んだ?」
「あ、えーと、あの薄いほうだけは全部……」
「え、速! すごいねえ」
二海はそう言われて顔が熱くなるのを感じたが、何と答えていいかわからなかった。桃の顔を見ず、もごもごと口の中で自分でも何かわからない言葉を言いながら、二海は昨日と同じ席に鞄を置いた。
「そうしたら……今日はゆあん掃除当番だから、先に始めちゃおう。今日はもう実際に問題を解いていくよー。『ネットワークの基礎がわかる』が終わったんなら、WebじゃなくてNetworkからのほうがいいかな」
桃は自分のノートパソコンを持ってきて、二海の横の席に座った。ピンクで薄型のしゃれたデザインのノートパソコンだったが、背面に白と黒の英字ステッカーが貼ってあり、それがノートパソコン自体の色とあまり合っていないようだった。
「じゃあ、昨日送ったページのURL開いて。そこに問題がまとまってるから」
二海は言われたとおり、テキストファイルにメモしておいたURLを開いた。それは簡単なリンク集で、『TinyBlog(Web)(100)』や『WriteUp』のように、ずらずらと箇条書きが並んでいるのだった。
「その中の、『Hello, administrator!』ってやつクリックして」
二海は言われた通りにした。移動した先のページはシンプルな上にもシンプルで、タイトルとリンクが一つしかなかった。リンクをクリックしてみると、何かのファイルがダウンロードされた。
「これはね、pcapファイルって言うんだけど、通信内容を記録したファイルなの。あの本に、例えばこうやってブラウザでページを表示したとき、どういうことを裏でやってるかって書いてあったでしょう?」
「うん」
まずはDNSでサーバーのありかを探して、見つけたサーバーにHTTPでリクエストをする。返ってきた結果をブラウザで表示する。二海は昨日読んだことを思い返した。しかし、通信内容を記録といっても、このファイルの中身がどうなっているのかは想像つかなかった。
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