第25話

 桃はチョークを手に取り、『6/30 12:00』『7/1 12:00』と縦に並べて書いた。


「開始が六月三十日の十二時、終わりが七月一日の十二時。この前のnoviceCTFとだいたい同じ」

「わかりやすいね」


 ゆあんが相槌を打つ。


「分担も同じでいいと思う。noviceCTFと違うのは、問題の区分がPWN、Reversing、Crypto、Web、miscで、Programmingがないところ。ただ、今までだとmiscの中でプログラミングの問題が出たこともあったから、やることはあんまり変わらないかな」

「過去問もそうだったもんね」

「そう。でも、より高いスコアを取るための対策が必要になってくるの。まずは、解ける問題から解く」


 桃は『解けるのから解く』と黒板に書いた。


「っていうのは、二つのチームが同じスコアだったとき、そのスコアを早く出したほうが上っていう順位の付け方になるのね」

「サッカーで勝ち点が同じだったら得失点差で判断する、みたいなものか」とゆあんが口をはさむ。

「そう、そう。だから、取れる点数は早めに取っておく。始まったらまず最初に問題をざっと見て、早くできそうなものから先に解く。それから時間かかりそうなやつに取り組む」

「でもさ、すぐ解けるようなのって最初の一問くらいじゃない? 他はそこそこ時間かかるよ。それに後の問題のほうが最初の問題よりスコア高いし。前のやつなんて一問目が五十点で、最後のが四百点だったもん」

「そうなんだけどさ」と、桃はゆあんにも自説を曲げなかった。「得意なものってあるでしょう。慣れてるとかでさ、例えばリターンオリエンテッドプログラミングで解くのを想定されてるけどグローバルオフセットテーブル使えばもっと簡単に解けるとか、そういうこともあるし」

「まあ……ないってことはないけど」

「最後の最後で、スコアは同じなのに出した順で負けたら悔しいじゃない? それと、もうひとつが、いろんなやり方を試す」


 桃は『いろんなやり方』と書きながら、「あるやり方で解けない時でも、他のやり方でやったらするっといけることってあるから。そのために私、昨日よくある解法をまとめました」


 桃は少し得意な顔を浮かべた。二海はノートパソコンを広げ、CTFクラブでつくっているページを開いた。主にオンライン問題のまとめに使われているのだが、今見るとそこには一つ新しいページへのリンクが追加されていた。そこをクリックすると、ずらずらずらっとCTFの解法が並んでいた。例えば『Web』の項目には、『フォーム入力⇢・SQLインジェクションでデータベースから情報を抜き取る ・入力した値を使っているプログラムの脆弱性を突く ・XSSを仕掛ける(特に管理者権限ログインが必要な場合クッキーを取るやり方が頻出)』などと、見覚えのあるテクニックがたくさん並べてあった。


「うわあ、すごい」

「いいでしょ。使って! 頑張ったから」

「いいけど……PwnとReversingの項目が雑じゃない?」と同じページを見ているらしいゆあんが不満げに言う。

「私そこまで詳しくないから、なんか突っ込まれたらやだなあと思って。むしろゆあんが埋めといて、週末までに」

「えー……」

「あとね、最後。これが一番大事かも」


 桃は、一番下に『カフェイン』と大書した。


「今までのリハーサルはまあ、結構休んでたじゃない? でも今回は本番だから、もう解けるまで寝るの禁止。です。その分前日、金曜の夜はぐっすり、きっちり寝て。開始が十二時だから、その三時間前、九時頃までには起きてる必要があるけど」

「……おお……」


 二海は思わず声をもらした。


「寝ても仮眠ね! で、今回持ってきました、こちら」


 桃は紙袋の中から、小さなドリンク剤の瓶を取り出した。黒字に黄色の文字で、『ネムシャキ』と書かれている。


「これを、夜の十時とか十一時とかに飲むと眠気が覚める。っていうのと、仮眠しても短時間で目が覚める。持ってって」

「買ってきたの? わざわざ?」


 受け取ったゆあんは、しげしげ瓶を眺めた。


「あ、お金は……」


 二海はカバンから財布を出そうとしたが、桃が身振りでそれを止めた。


「だいじょぶだいじょぶ、いらない。そのかわり、当日がんばろ!」


 二海はネムシャキの瓶を受け取り、机の上に置いた。ごとり、と重い音がした。

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