第36話

「暑い!」


 ゆあんはぱたぱたとクリアファイルをうちわ代わりに扇いでいた。上履きも脱ぎ、足を椅子の上に上げている。


「今年っていきなり暑くない? 去年はこの時期もうちょっと涼しかった気がする」

「それもあるし、さっきの授業体育だったし。夏の体育最悪」

「あー、そういうこと」


 二海はそうやって話しながら、またこうやってコンピューター室にいられる嬉しさを感じていた。


「えーと、そしたら……」


 教壇に立っている桃が何かを言おうとしたとき、「ちょい待った」とゆあんがそれを遮った。


「なに?」

「さっきの話で一旦今までのことには手を打ったとして、今後どうしていくかっていうのはまた別だからね」

「別っていうと……」

「今後一切、隠し事はなし。何かあったらすべて共有する。いい?」

「はい」


 と、桃がしおらしく答える。


「じゃないと私は抜けるから」

「わかった」

「ほんとにわかった?」

「ほんとにわかりました」

「ならよし」


 ゆあんは腕組みをして椅子にもたれた。そして、「二海も何かあったら今のうち言っときな?」と促す。


「私はさっき言ったから、いい」

「あ、そう? 意外」

「意外って?」

「二海がそういうのを言うのが。ま、ならいいんだけど」

「えーと。もういい?」


 桃が様子を伺う。ゆあんは右手でオーケーのサインをつくった。


「えー。では、何かちょっと今更感もあるんだけど、今回のAJSEC Juniorお疲れ様でした。それと、残念でした」

「はあい」


 と二海は返した。


「個別の反省はまたこの後やるとして、今話したいのは、今後このCTFクラブで何をしていくかということです」

「それね。オンラインのCTFって他にもたくさんあるんでしょ? スケジュールたててそれに参加していくのでいいんじゃない?」


 ゆあんがそう言った。


「そうだね。後、今まではあんまりやってなかったけど、それをまとめて活動記録をつけるのもいいと思う」


 桃が『オンラインCTF』『活動記録』と黒板に書きながら言う。


「活動記録って?」

「ブログかなにか。それと文化祭に出すのもいいかも。そうしておいて、来年になったら同好会から部にできるように申請するの。活動実績があれば認めてもらいやすいかなって」

「それ大事! もう、早く部費で本買えるようにしたい」


 ゆあんは何度も頷いた。『部にしょうかく』と桃は書く。『昇格』の字が出てこなかったらしい。


「二海ちゃんは? やりたいことある?」


 二海は息を一つ吸ってから、準備していた言葉を口に出した。


「あの、二人のやつもいいと思うんだけど、私、その前にやりたいことがあって。今回のAJSEC Juniorって、Juniorがつかない、AJSECっていうのもあるんでしょう? それに参加するのはどうかな」

「ええっ?」


 二海の発言を書き留めようとしていた桃は、振り向いて驚いた声を出した。


「AJSEC本戦のこと?」

「うん」

「あれ、問題もJuniorより難しいし、出るのも大人だよ? Juniorとレベル違うよ?」


 それはわかっていた。前に一回調べたAJSECについて、放課後までにもう一度公式サイトの説明を読み直したのだ。


「でも、上位に入るとJuniorとおんなじで、SEC CON CTFの予選に出られるんでしょ?」


 桃とゆあんの二人が、二海に視線を集めた。少ししてから、


「面白そう」


 とゆあんが言った。そのことに二海はほっとした。内心、たいへんどきどきしていたのだ。


「え、でも……上位には……難しいんじゃないかな……」


 桃が言う。それでも二海は、「そのほうが勉強になるよ」と答えた。


「それに確か、本戦は九月だったから、あんまり時間もないような……」

「いいじゃん」とゆあんが言う。「対策は対策で別でしょ? 参加すること自体はペナルティも何も無いでしょうが。そもそもの言い出しっぺがなにぐじゃぐじゃ言っんの」


「うあー」と、桃は声にならない声を出して、黒板に『AJSEC』と書いた。そしてその周りを、丸で囲んだ。チョークの細かいかけらが落ちた。


「……じゃあさ。他にやりたいことなければ、今回の反省と、それを踏まえた対策に移ろうか」

「はあい」

「いいと思いまーす」


 二海とゆあんは、同じタイミングでそれに答えた。

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