第20話
『三問目クリア』
机の前に戻ると、チャットに新着メッセージが来ていた。ゆあんからのものだった。こちらはこれから三問目にとりかかろうというところなのに、早い。
マグカップにお茶を注ぐと、中の氷がぱき、ぱきと音を立てた。ブロックチョコを一つ口に入れ、冷たいそれを噛み砕く。
自分も早く次を解こう、と二海はリンクをクリックした。『Please upload your photo!』というタイトルのそれは、画像のアップローダーが一つだけ設置してあった。試しにパソコンの中にあった猫の写真をアップロードしてみると、アップローダーの下にその写真が表示された。もう一回別の写真をアップしてみると、先程アップしたものの横に並んでそれが表示される。自分が上げた画像が画面上に表示されるという単純なつくりらしい。
しかし、これをどうやって攻撃すればいいのだろうか。このアップローダーになにか仕掛けるのだろうとは思ったが、やり方の予想がつかなかった。
二海はしばらくパソコンをいじっていたが、やがてマウスから手を離して『CTF攻略ガイド』を開いた。解き方がわからなかったので、なにかヒントがほしかったのだ。しかし見つかったのは、『アップローダーがある場合は、他の脆弱性と組み合わせることで攻撃できる場合が多い』という一文だけだった。
「他のぜーじゃくせいっていっても……」
どうにも手詰まりになってきたのを二海は感じた。チャットのタブを開くと、前のメッセージから少し会話が進んでいる。
『こっちもCryptoあと一問』
『はーい がんばって』
『ありがと』
『あ、これスコアランキング見れるんだ』
『そうそう』
あ、そうなの? と二海は一旦問題を置いておいて、それを探した。トップページの一番上のところに『Score』というリンクがある。押すと、左から順位、チーム名、スコアが書かれている表が現れた。トップのチームは『netdog』で、点数は既に千点を超えている。KJCCを探すと、下の方、二十四番目に名前があった。点数は七百三十点。今回は誰かと競うために参加しているわけでもないが、こうやってランキングが出ると負けん気が出てくる。見たところ後半の問題になるにつれて獲得できる点数も高くなるようなので、そこまで差が開いているというわけでもなさそうだ。めどがつかずに少し倦んでいた二海は、気を新たに問題に戻ろうとした。
しかしその時、部屋のドアがノックされた。
「二海ー、入るよ?」
答えを待たずにドアは開けられ、いつの間にか帰ってきていたらしい仁美が入ってきた。
「母さんに聞いたけど、今日ご飯食べに行かないって? どうしたの?」
「え、……えーと、用事があって」
「用事って、何? どっか行くの?」
「そうじゃなくて……今、CTFっていうのをやってて」
仁美は机の横に立ち、ノートパソコンの画面を覗き込んだ。背が高く、焼けた肌に切れ長の目を持つ姉からは、風貌と物腰両方でいつも圧迫される感じを受ける。
「何それ? ゲーム?」
「違うよ、えーと、セキュリティコンテスト。ハッキングの大会」
「ハッキングって……」
「あ、違うからね、普通に合法だから! あの、問題があって、それを解くの。謎解きゲームみたいに。どこかを攻撃したりそういうことをしてるんじゃなく」
仁美の表情からは、CTFのことがほとんど伝わっていないことが見て取れた。しかし、CTFを一から説明するような悠長なことをしている暇はない。
「……まあ、あやしいようなことしてなきゃいいんだけど。でもそれ、一旦置いといて帰ってきてからまたやればいいじゃん」
「それはだめだよ、だってこれ時間制限あるし、私だけそんな長い時間離れられないし」
「え、それ一人でやってんじゃないの?」
「ああ、チームでやってるの」
「誰と?」
「学校の……」とまできて、二海は言いよどんだ。「……同じ部活の子と」
「ふうん……じゃ、いいの? ほんとに」
「うん、三人で行ってきて。私は適当になにか食べるから」
全然飲み込めてはいないが、とりあえずわかったことにしておくというふうで、仁美は部屋を出ていった。ドアが閉まりきっていない。二海は椅子に座ったままごろごろキャスターを動かしてそばに行き、ばたんと閉めた。机の前に戻って、自分を強いて問題に集中させようとした。
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