第3話
「二海、今日はお姉ちゃんも遅いっていうから、ご飯は何か適当に買ってきて。お金ある?」
二海はトーストをカフェオレで流し込むと、「わかった」と母に答えた。母は時計を見て「あ、もうこんな時間」と台所を出た。二海がヨーグルトを食べ終わらないうちに、「いってくるからね、鍵よろしく」と声だけが玄関から響いた。重い扉の閉まる音。
父と母は会社、姉は大学の運動部。それぞれがそれぞれで忙しく、家にいるより外にいるほうが長いのではないかと思うほどだ。二海も毎朝七時十四分の電車に乗っているのだから、朝がそれほど遅いわけではないのに、このごろ出かけに戸締まりをするのは二海の役に決まっている。一番最初に帰ってくるのもそうだ。決して仲が悪いというわけではないが、気がつくと家族の誰かしらと一週間は話していないということがざらにあった。
皿やマグカップを食洗機にセットし、洗剤を入れて回す。洗面台で歯を磨き、二階の自分の部屋で制服に着替え、机の上で充電していたノートパソコンを鞄に入れる。階段を降り、ローファーに足を入れ、北海道土産の木でできたキタキツネのついた鍵で戸締まりをする。駅までは歩いてちょうど十分。この時間帯は、駅に向かって歩く人が流れをつくっている。二海はその流れの中で、イヤホンをつけて音楽を聞く。音楽アプリをシャッフルモードにして、誰の歌でも構わず聞きながら、ざくざくと歩いた。
電車では車両の端の、乗り降りでごたつかない場所に立つ。スマートフォンでSNSを眺めてから、今日が英語の小テストだったことを思い出して単語帳アプリで『decline』だの『crowd』だの『vast』だのといった単語を復習した。
残り二駅となったころ、英単語にも飽きてきた。二海はなんとなくブラウザを開き、ブックマークに登録してある『two-oceans.xyz』のページを開いた。
「……えっ」
二海は思わず声を出してしまった。『two-oceans.xyz』のページは、背景は白色でそこにNotoフォントのタイトルのはずなのに、今表示されているのは真っ黒なバックに巨大な赤文字だけという、怪しすぎるものだった。昨日つけた写真のポップアップ機能も、一昨日つくった感想フォームも、全部消えてしまった。
「……ヶ谷、桐ヶ谷。お降りの際はお忘れ物にお気をつけください」
はっと気づき、二海はあわてて人の間をすり抜け電車を降りた。改札を通り抜け、学校への通学路を歩いている間にも、二海の頭の中からは先ほどの黒い画面が消えなかった。なぜ? あれは何? 何のため? 直せる?
下駄箱で上履きに履き替えて1-Cの教室に入り、時計を確認すると始業時間まであと十五分ほどあった。二海は一旦置いた鞄をもう一度持ち上げ、屋上前の階段に急いだ。
階段に腰かけた二海は、ノートパソコンを膝の上で開きネットワークに接続した。ブラウザで『two-oceans.xyz』を開く。僅かな期待も虚しく、先ほど見た黒い画面が大きく表示された。混乱したまま二海はブラウザを上下にスクロールしていたが、しばらくしてそうしていてもどうにもならないことを悟った。気を落ち着けようと一旦深呼吸し、そして画面に表示されている赤い文字を読んだ。
『CTF club ver.0.0.2. Visit the computer science room after school!』
前の文は意味が分からなかったが、後の方はそのまま読めば『放課後コンピューター室に来て!』だろう。コンピューター室に? なぜ?
始業開始五分前のチャイムが鳴った。二海はノートパソコンを閉じ、急ぎ足で教室に戻った。途中で、廊下を走る朝練帰りの誰かに追い越された。制汗剤の、粉っぽいにおいがあたりに漂った。
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