第22話

「まあでも、そこそこだったんじゃない? 全問いけたでしょ?」

「そうなんだけど……ただ、見た感じ、AJSEC Juniorよりは簡単だったから」


 桃とゆあんの会話を、二海は黙って聞いていた。一昨日と昨日にやったnoviceCTFでは、二海は他の二人より少ない問題数しか解けなかった。Webが三問目までで、Networkは二問目までだった。睡眠を挟んでもピザの問題はわからず、Networkの問題も時間が足りなかった。残りの問題は代わりに桃が解いたのだが、そのためにこの振り返りの場でも、二海は自分の発言権が少ないように感じていた。


「レベル同じくらいって言ってなかったっけ?」

「そう思ってたんだけど、今回のは過去問より易しめなような気がして」


 あの問題はあまり見かけない解き方だった、あの問題は素直じゃなかった、と二人の談義は続いた。


「二海ちゃんはどうだった?」


 急に話を振られ、二海は見ていたWriteUpのページから顔を上げた。


「えーと……私全部は解けなくって……」

「そうだねえ……やっぱあれかな? Webの最後の問題で時間取っちゃったからかな」

「それもあるし……やっぱりまだ知らないことも多くって……」


 二海がGoogle翻訳にかけて読んでいたのは、あのピザの問題のWriteUp、つまりはCTFに参加した人の書いた問題の解法だった。しかしそれを読んでも、知らないプログラミング言語のコードが載っていてわからない。やってもやっても次から次から知らないこと、知らなければいけないことが出てきて、こんなことでほんとうにAJSEC Juniorの問題が解けるのか不安だった。


「それは仕方ないよ、始めたばっかりなんだし。解けないところは私がカバーするからさ」

「……ありがとう……」


 桃は笑顔を見せたが、二海には何か胸の中にざらついた感触が残った。二海はきちんと参加したかった。足手まといではなく。でもそのためにはパワーが要って、自分にはそれがまったく欠けていた。それで、二海はその気持ちを噛み潰した。


「でもやってよかったのはよかったわ。どんなもんかってのがつかめたし、時間配分とかそういうのも大事だなってわかった」

「……それは思った。なんか受験みたいだよね」


 二海がそう言うと、ゆあんも頷いた。


「そう、なんていうか、本質的ではないけど、テクも必要かなって思った。さっきの話だけど、まずは解けるやつを先にばしばし解いちゃって、時間かかるやつは後回しにするとか。あと、眠さ対策ね」

「それねー。がっつり寝ちゃうと時間足りなくなるし、でもふらふらな状態で問題解こうとしてもうまくいかないし」


 それからまたしばらく話をつづけた後、桃の言葉でAJSEC Juniorに向かって対策を練ることになった。AJSEC Juniorの日程、問題構成、過去の問題について桃がざっと説明し、それに向けてどう準備するかを話し合う。


「七月の一日だから、あと……一ヶ月と一週間くらい。そこまでどう準備するか」

「AJSECの過去問ってあるんでしょ? それやってけばいいんじゃない?」

「そうね……ただ、リハーサルみたいに、本番とおなじように過去問をやってみたいのもあるんだよね。だからいくつかの年のぶんは残しておいて、海外のやつとかをやったほうがいいと思う」

「あと、私、問題をやる前に何か……まとまってる本か何かあったらそっちを勉強したいなあ。解答を読んでもわからないのがあるから……」

「ああ、そしたら何がわからなかったか言ってくれたら、そのジャンルに合ってるやつで良さそうな本あったら貸すよ」


 桃がそう言った。するとゆあんが、「桃ってすごい本持ってるよね。うらやま」と口を挟んだ。


「そうでもないけど……」

「いやさ、だって高いじゃん、技術書。一冊三千円とかするし。学生にはキツイ額なのに」

「うち、本代はけっこうゆるく出してくれるから。それに……」桃はちょっと置いて、「もらったのも多いかな」と答えた。

「えー、羨ましい。うちなんか、中学のときに値段言わずに買ったらすごい怒られた」

「何買ったの?」

「ヘネパタ」

「……まあ、それはね。値段言わないほうが悪いよ」

「いくらくらいするの?」と二海は尋ねた。

「九千円くらい?」

「高っ」

「いいじゃんね、ゲーム機なんかより全然安い」


 結局その日三人は五時過ぎまでかけて、AJSEC Juniorに向けてやるべきことを決めた。週ごとに解くべき問題を割り当て、また週の最後にはAJSEC Juniorの過去問を解く。わからなかったところはきっちりと調べ、また同じ系統の問題が出たら解けるようにする。眠気にいいという、コーヒーを飲んでから机で短時間睡眠を取る方法を試す。


「そう言えば、来週から中間試験だけど、ここって使えるの?」


 ゆあんがふと思いついたというように尋ねた。


「あー、確かだめだったはず。なんかそんなこと聞いた覚えある。だから来週は家でやるしかないけど、メップラとかチャットとかでどこまでやったかとか共有しよ」

「またチャットのほうがいいかな。コピペしやすいし」


 そう言えばそうだ、試験期間だと二海は思い出した。今日ちょうど試験日程のプリントが配られたのだ。しかしだからと言って、二人にはCTFを休む気はないようだった。そんなところへ一人だけ試験勉強をどうするということを言い出せない。二海は忙しくスケジュールについて考えを巡らせた。


 その日、三人は駅まで一緒に歩いた。ガムを切らしたというゆあんがコンビニに入っていったのを二人が外で待っていると、桃がぽつりと


「私、ほんとAJSECで上位五チームに入りたくて。だから、こうやって一緒に頑張ってもらって、すごく……ありがとね」


 と言った。


「そんな……」


 こういうときのうまい返し方を、二海は思いつかなかった。それでも桃にそう言われたことが嬉しく、その嬉しさをどうにか伝えたかった。


「私も……ありがとう」


 夕日がまぶしかった。二海はまぶしさを避けるように、視線を下に向けた。知らないアーティストのライブポスターが貼ってあるコンビニのガラス扉に、二足の同じ色のローファーが映っていた。

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