第44話

 翌日から、早速Python講座の勉強が始まった。


「『Pythonは強力で、勉強しやすいプログラミング言語です。シンプルで』……えーと……『使いやすい構造が存在しています』」


 桃はプロジェクターでPython講座の画面を映しながら、訳してきたテキストを読み上げている。コンピューター室の前のほうの照明は落とされていて、桃以外の面々は皆スクリーンを見ていた。元の講座の動画では、真っ黒なセーターを着たアジア系の男性が、ぺらぺらの英語で喋っている。下に字幕は出ているが英語なので、動画だけでは細切れの単語しか意味が取れない。


「『この講座では、Pythonの基礎を学びます。あなたはプログラムをWeb上で実行できます。また、レッスンの途中にクイズがあり、それは理解の助けとなるでしょう。それでは、最初のクイズをやってみましょう』」


 そこまで来ると動画が一旦中断され、代わって画面に入力フォームが現れた。フォームにはすでに『print("Hello World!")』とコードが入力されていて、その下に『Run』と実行ボタンがちかちかしている。


「あなたが『Run』ボタンを押すと、コードが実行されて結果が表示されます』……じゃ、自分のやつでやってみて」


 二海は自分のノートパソコンで『Run』ボタンを押した。下の『result』というエリアに『Hello World!』と表示され、『OK』という画像が表示される。


「へー」


 学校のパソコンを使って、同じくRunボタンを押したらしい里々が声を上げた。


「ねえ、これって『Hello』のところを変えたら別のが出るの?」

「出ますよ」

「じゃあ、『あんパン』にしよう。……あ、出た出た! へー、すごい。情報の授業でやったけど、プログラムってあの黒い画面でかたかたやらないとできないのかと思ってた。これでもできるんだ」

「そうです。えーと、そしたら続きいくね。『あなたははじめてのPythonコードを書きました。そして実行しました。今は画面に文字を出すだけがこのプログラムができたことですが、Pythonでは次のようなことができます。たくさんの文書を検索したり、ファイルを整理したり、ゲームをつくったり、大きいシステムに使う。』……」


 その日にやった章は、変数を使い、それに文字をセットして画面に表示させるというところで終わりになった。主に里々が質問し、桃が答え、他のメンバーはもくもくと途中に挟まるクイズをやった。


 次の日は二海の番だった。知らない人に対するわけでもないし、人数も少ないのに、プロジェクターの横で自分だけしゃべるのはとても緊張する。


「『Pythonでは、数字の計算ができます。次のように、2+2と入力すると、4を書きます。クイズです。8足す7をPythonを使って計算してみましょう』」


 ノートに書いてきた和訳を見ながらしゃべったが、すぐに喉が乾いた。


「8足す7はー。15!」

「わざわざプログラムにする意味ないんじゃない?」

「この後意味が出てくるって」


 それでも、里々や優、それに桃がリアクションを返してくれるので、少しはしゃべりやすくなった。


「この、『変数』の前に何かつけなくていいの?」


 『数値と文字列』のところに差し掛かったところで、優がたずねてきた。


「何かっていうと……」

「情報でやったやつにはつけてたじゃん。なんだっけ……iで始まるやつ……」

「int?」と桃が横から助け舟を出す。

「それ。それつけないとだめだったと思うんだけど」

「えーと。Pythonだと書かなくていい、と思う」

「なんで?」

「えっと……」

「そういう言語だからだよ。ほら、英語だと名詞の前に『a』とか『the』とかつけるけど、日本語だとつけないでしょ? プログラム言語もそれと同じで、情報でやってるC言語だとつける必要があるけど、Pythonはつけない言語」


 と、桃が解説を入れる。


「へえ。同じプログラミングなのに……」


 優はやや釈然としないという態度でつぶやいた。その時、


「まあ、最終的には機械語が生成されて実行されるっていう点では同じだけど」


 と、ゆあんがつぶやくというには大きい、しかし誰かに話しかけているのでもない話し方で言った。


「機械……え?」


 二海にはしかし、ゆあんの言ったことの半分もわからなかった。


「だから、Pythonは仮想マシン上でバイトコードを実行するけど、その処理は……」


「いやわからないわ。何、自慢?」


 ゆあんの言葉を途中で遮り、優が言った。


「は? 誰がそんなこと」

「じゃー、もーちょっと『私みたいな』バカにもわかるように言ってもらえませんかー? あいにくみんながあなたみたいに頭がいいわけじゃないんでー」

「いやふつーに言ってるだけだから。なにそれ?」

「えー、それがふつう? だいぶ標準と違うみたいだけど」


 二人の会話はどんどんヒートアップしていく。だから、ゆあんがばたんと音を立てて立ち上がった時、二海は思わず全身が緊張した。やばい、まずい、最悪割って入ってでも止めなくては、と思った。


 しかしゆあんが向かったのは、優のほうではなく教壇の上だった。ばちばちと音を立てて照明をつけ、ばちんとスクリーンを引っ張ってしまう。


「プロジェクター蓋して」


 そう言いながら、ゆあんはチョークを手にしていた。二海はあたふたとしながらも、言われたとおりプロジェクターの映写部分に蓋をする。


 板書の用意を整えたゆあんは、音をさせながら図形や字を書いた。白い文字は、書道をやっていた人のように整っている。

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