第39話

 二海は朝から緊張していた。昨日ああ言ったからには、今日こそは優に声をかけなければいけない。


(『佐々岡さん、ちょっと話があるんだけど』……なんか、固すぎるかな。『ねえ、少しいい?』……でも一度も話したことないのになれなれしい気がする。『佐々岡さん、この前の情報の試験のとき、すごく早く終わらせてたよね』……遠回り過ぎるなあ)


 電車の中では、ずっと話しかける最初の言葉を頭の中でこね回していた。例えば体育か何かで偶然ペアを組むことになるとか、そういうきっかけがあればまだ話しかけやすいのに。しかし、今日の時間割には体育や移動教室はない。


 声をかけるのはいつがいいか。一番いいのは放課後だ。話しかけて、うまくいったらそのままコンピューター室へ一緒に移動する。そうすれば、後の勧誘には桃も加勢してくれるだろう。だがこのやり方には欠点もある。放課後、声をかける間もなく優が帰ってしまうおそれがあるのだ。それを考え合わせて、声をかけるのは昼休みの終わり頃に決めた。自分は早く昼食を終わらせておいて、優の様子をさぐっておく。食べ終えた優が一人になったところを狙って、すっと話しかけにいけばいい。


 そう決めたものの、午前中ずうっと二海は緊張しっぱなしだった。桃や、同じクラスの冴香のことが羨ましかった。あの子たちならこんなことにはならないだろう。声をかけるのを何日も先延ばしにしないだろうし、そもそも四月の時点で話しているのではないか。


 それでもしかたなかった。優を誘おうと思いついたのは自分なのだから。二海は昼休み、じっと自分の席から窓際を見つめていた。


(……今だ)


 弁当を食べ終わった優は、一旦教室の外に出て戻ってきた。出ていくときには他の生徒と一緒だったが、帰ってきた時は一人になっていて、そのまま自分の席についた。二海はできるだけ早く机と机の間を歩き、優の机の前に立った。


「あのっ……佐々岡さん」


 スマートフォンを操作しようとしていた優は、二海の声に顔を上げた。そして露骨に不審そうな表情を浮かべる。二海は少しひるんだが、心の中で何度も練習した言葉を口に出した。


「いきなりごめん。あの、今日、放課後って時間ある?」

「え、……あるけど……なに?」

「今、私がやってるCTFクラブが、今部員を募集してて、それはコンピューター系のクラブなんだけど、もしよかったら佐々岡さんに入ってもらえないかなと思って」

「えー……」


 少しの間両方ともが喋らなかった。二海はなんとか興味をひこうと、いくつか言葉を並べた。まだ人数は少ないけども、この前(というより昨日)二年生の人が入ったこと。CTFというのはハッキングの大会で、でもハッキングといっても犯罪などではなくどちらかというとクイズやパズルに似ているということ。その大会に出るため、今人をさがしている。考えていた言葉を、ところどころ飛ばしたり詰まったりではあったが、話すことができた。


 優は二海の話を一通り聞いていたが、まだ訝しげな顔を浮かべたままだった。


「でも、なんで私なの? 私たち、一度も話したことないよね? それをなんでいきなり?」

「う、うん……そうなんだけど……」


 優の言うことももっともだと二海は思った。しかし、ここで引くわけにはいかない。


「あの、前の情報のテストの時、すごく早く終わらせてたでしょう、だから、才能っていうか、そういうのが佐々岡さんにあるんじゃないかと思って……」

「言っとくけど、才能なんて無いよ」

「いや、そんなこと……あの、私よりほかの人が説明したほうがわかりやすいから、放課後ちょっとだけコンピューター室見に来てくれない?」

「うーん……」

 一回、優はスマートフォンの画面を見下ろした。そして、「そんなにいられないけど……」と言った。

「あ、だいじょうぶ! そうしたら、授業終わったらコンピューター室一緒に行ってもらってもいい?」

「うん、わかった」

「ありがとう、よろしくね!」


 そう言って、二海は自分の席に戻った。戻っても、まだ心臓がばくばくとして、ふわふわした気持ちだった。自分がこうやって、クラスメートに自分から話しかけにいったなんて、まだ信じられなかった。


 優のほうを見ると、もうスマートフォンに戻っている。うまくいくといい、と二海は思った。

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