第40話

 しかし、優をコンピューター室につれていくことは、話しかけたときほどにうまくいかなかった。まずコンピューター室までの道のりが問題だった。何か優の気持ちをかきたてるようなことを話したいと思ったものの思いつかず、決心して何か言おうとしても廊下なので向こうから人が歩いてきてそれをよけなければならず、そうすると発言のタイミングを失ってしまうのだった。ろくに話もせずコンピューター室についたものの、そこには桃がいなかった。昨日の、二年生の里々もいない。いたのはゆあんだけだった。


「あ、あのー。桃ちゃんは?」

「そーじ。そのうちくるんじゃない?」

「あ、そう……」


 二海はあせった。コンピューター室につれてきさえすれば桃のコミュニケーション能力の助けを借りられると思っていたのに。


「そっちの子が?」


 後ろに『昨日言ってた声をかけたっていう?』を省略して、ゆあんが尋ねた。「そう」と二海が答えたが、ゆあんは聞いただけで、その後何か言おうとはせず、自分のノートパソコンの画面に目線を戻した。


「えーと、いつも活動はここでしてて……その、あ、これが本で……」


 たどたどしい説明に、優が興味をひかれていないことは二海にも伝わってきた。本を手渡してみたりしたが、優はぱらぱらとページを繰っただけで、特にどのページを見るとうわけでもなかった。焦って、二海は自分でもよくわからないようなことをしゃべってしまっていた。


「あの、……どうかな」

「どうっていっても、あんまりわからない。あんまりコンピューターって興味ないし、私別に入らなくていいよね」

「あ……うん、あ、わざわざきてくれてありがとう、ね」


 落ち込みながら、二海はなんとかそう言った。自分の力のなさに嫌気がさした。果てしなく落ち込みかけた二海の耳に、予想もしていなかった言葉が飛び込んできた。


「そのほうがいいよ。できない人はできないし」


 ゆあんが、目は画面に合わせたままで言ったのだった。なんと言っていいかわからず、二海はそちらを見ただけだった。それとは対照的に、優はぱっと口を開いた。


「は?」


 相手にきっちりと自分の感情を伝えようという意志のこもった『は?』だった。しかしそれに気圧されたようすもなく、目だけ上げてゆあんは続けた。


「え? 興味ないならいいでしょ」

「ここまで来た人に普通そういう言い方する?」

「そっちの普通知らないし」

「知っときな? だいたいできないって何? 興味がないって言ってるでしょうが」

「興味がないからできない、ってことでしょ。いいんじゃないそれで。何怒ってるの」

「怒ってません。興味なくってもできることはあります。それにその言い方、とんでもなく失礼」

「あそう。以後気をつけまーす。でも、興味なかったらCTFはできないから、できないってのは間違いじゃないからね」

「それが気をつけてる言い方? そもそもさ」


 二人共絶対に譲らないと決めているのが二海にもわかった。どんどん声のボリュームが上がっていく。二海はほとんどパニックになっていた。


「おつー。いやあ、一回来るの忘れてて、下駄箱まで行って靴履き替えたとこで気づいたから遅れちゃったー」


 救いのようなタイミングで、里々が入ってきた。一瞬二人の気がそちらに取られたのを機に、


「佐々岡さん、わざわざごめんね、もう時間でしょ、送るね」


 二海は必死になって二人をひきはなし、半ば無理やり優をコンピューター室の外へと連れ出した。


「何、あれ」


 薄暗い廊下、優は憤懣やるかたないという口調で吐き捨てた。そして二海を置き去りに、階段を上っていってしまった。

 後ろのところに蛍光ペンで星が書かれた上履きを見送って、二海はしおしおとコンピューター室へ戻った。里々は本を持ち出して読み、ゆあんはかたかたキーボードを打っている。二海はゆあんに話しかけた。


「ゆあん……」

「なに」

「なんで……」

「あの子、二海のクラス?」

「そうだよ」

「へー。カルシウム足りないんじゃない?」

「いや……」


 二海はもう少しなにか言おうとしたが、どっと疲れが出てきてしまいあきらめた。いつも座る席について、背もたれにぐったり体重を預けた。大失敗だ、と思ったが、落ち込むと言うより投げやりなほうが勝っていた。

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