第10話
「これを全部……?」
「あー、うん。年によって偏りはあるけど、各分野一問は最低出るよ」桃はそう言い、二海の様子に気づき、「でも! 全部一人でやる必要はない!」と付け加えた。
「この『PWN』と『Reversing』はゆあん先生が担当してくれます。先生は低レイヤー好きなので」
桃はチョークを替え、黄色の線で『PWN』と『Reversing』を囲み、横に『ゆあん』と書いた。
「なので、この『Crypto』、『Web』、『Programming』、『Network』、『misc』を私と二海ちゃん二人で分担することになるね。どれがいい、とかある?」
「えー……」
そう言われても、と二海は困ってしまった。『Crypto』は『UDBFGHAAGFUEQRWXLQ』の件で恐怖心がある。プログラムを書くこともできない。『Network』はよくわからない。『Web』は昨日聞いたし自分でページも作っているしで、他のものに比べればほんの少しは知識があるが……。
「……『Web』かな」
「そうだね……じゃ、こうしよう。『Web』と『Network』が二海ちゃん。それ以外が私。『Web』と『Network』の勉強はちょっと被るところもあるから、それがちょうどいいと思う。私も少しはできるしね。いいかな?」
「あ……うん」
「よし、決まりっ」
桃は『Web』と『Network』の横に『ふたみ』と書き、それ以外に線を引いて『桃』とまとめた。
「こんな感じでいいかな?」
桃はどちらにともなく聞いた。ゆあんは無言で頷き、二海もそれにならう。
「よっし。基本方針確定」
桃はスマートフォンを構え、黒板を写真に撮った。撮り終えると、「あそうだ、昨日忘れてて。メップラ交換しよう、連絡用に」と教壇から降りて二海の目の前にやってきた。メップラ、正式名称をメッセージプラス、はたいていの人が入れているチャットアプリだ。二海は自分の鞄からスマートフォンを取り出し、メッセージプラスアプリを起動した。
「えーと……」
「QR出る?」
二海も一応アプリを入れてはいるが、人と連絡先を交換するのが久しぶりで、操作に戸惑ってしまった。もたもたしている二海の手元を覗き込み、桃は「ここ、ここ」とアイコンを指差す。言われたとおりにタップすると、無事にQRコードが表示され、桃がそれを読み取った。すると、二海のスマートフォンに、『上原桃 があなたを友だちに追加しました』と通知が来た。
「グループにも追加しとくね」
桃がスマートフォンをちゃっちゃっと操作すると、もう一度二海のほうに通知が来た。『CTF に招待されました』とあり、二海は通知をタップしてから『承認』ボタンを押す。すると、グループチャットの画面が表示された。
「連絡は基本ここでするから」
「うん」
「では……次には、本番に向けてどう準備するかだ。CTFの勉強は、これをやればいいってのがあまりないんだよね」
桃は黒板の先ほどの図の横に、今度は『過去問』『勉強』と上下に並べて書いた。
「基本的に過去問を解いて、分からないところを調べるってのの繰り返し……なんだよねえ」
だいぶスパルタなやり方だ、と二海は思った。スイミングスクールでひたすら実地に泳がされるようなものである。せめてビート板くらいは欲しい。
「一応、こういう本はあるんだけど」
桃は鞄の中から一冊の本を取り出し、二海に渡した。厚さが二センチほどもあり、ずしりと重い。表紙には歯車のイラストと、『CTF攻略ガイド』とあった。タイトルだけならなかなかよさそうではあるが、桃の態度が気になった。
「これはね、まあ『攻略ガイド』って書いてはいるんだけど、けっこう初歩的なところで止まってて。これだけだと実際の問題はあんまり解けないかも。でも、最初は役に立つと思う。ああ、あとこれ」
桃は更に数冊の本を取り出した。ずいぶんたくさんだ、さぞ重かっただろうと二海は考えながらその本を受け取った。
「『ファンダメンタルTCP/IP』……『初めてのパケット解析』……『ネットワークの基礎がわかる』。最後のやつだけ薄いんだ」
「そう。その薄いやつを最初に読んで。で、読み終わったら、『CTF攻略ガイド』を読みつつ問題を解こう」
「これがあれば解けるようになるの?」と、二海は『ネットワークの基礎がわかる』を持ち上げた。他の二冊は厚さが二センチほどもあるのに対し、これは本というより小冊子というべき薄さだった。
「いや、たぶん無理」
ええ、と二海は桃の顔を見上げた。
「でも解くのは、オンラインでできて、かつ解法が公開されてるやつ。やってみて、わからなかったら解法を見て、解法の意味がわからなかったら本で調べて、それで解法が理解できたら自分でもう一回解く。そういう流れ。でも最初のうちはわかんないと思うから、わからないところをどんどん聞いて。放課後は基本ここで集まってやるし、家とか休みとかでもさっきのチャットで聞いてもらえればいいから」
桃は黒板の『過去問』の横に、『オンライン問題』と付け加える。
「オンライン問題が載ってるところのリンクは後で送るね。そんなかんじで、それぞれ担当分野を勉強していこう」
「うん……うん」
本の重さで手を痛くしながら、二海は相槌をうった。
「よし、じゃー、頑張っていこう! おー!」
桃が片手のこぶしを上げた。いきなりだったので、心の準備をしていなかった二海はそれに続くことができなかった。
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