第17話
薄緑色のカーテンが、風にゆったりと揺れている。五月もそろそろ終わりになると、窓を開けて風を通さないとじき部屋が暑くなってしまう。昼の十二時前なので、そうしていても日光が直接差し込むことはない。
二海は机の前に座り、ノートパソコンを開いていた。少し早めに昼食をとり、冷蔵庫から緑茶のペットボトルを持ってきていた。まだ冷えているそれの蓋を開け、二海は窓の外を見ながら飲んだ。家が坂道の途中に建っているので、窓からの眺めを遮るものはなく、ほとんど夏の雲が青空に浮かんでいるのがくっきり見えた。
しかし景色のことは、今の二海にとってほとんど意識の外だった。まるで入学試験の開始前のように胸が落ち着かず、手の先が冷えて喉がやたらに乾いた。あと十数分で、『noviceCTF』が始まるのだ。
ぽーん、とノートパソコンが少し間抜けな音を出した。二海はペットボトルを置き、ブラウザを見た。チャットに新着メッセージが表示されていた。
『そろそろだけど、みんな準備いい?』
桃からだった。チャンネルの名前は『KJCC』で、桃のアイコンは自撮りをイラスト風に加工したものだ。二海はメッセージボックスに『準備できてるよ』と打ち込んで送信した。
このチャットは、昨日ゆあんが主張してつくったものだった。メップラではスマートフォン上でやりとりすることになるから、パソコンをずっといじることになるCTF中には効率が悪い。ファイルやURLを送ったりコードを見せ合ったりすることもあるだろうし、パソコン上で使えるチャットツールを入れたほうがやりとりがしやすい。それで急遽つくったものだが、確かにこちらのほうがいいと二海も思った。キーボードを打ったほうが、スマートフォンで文字入力するよりずっと速い。
ゆあんからは一つ、親指を立てた絵文字だけ送られてきた。ゆあんのほうは、なんとも言い難いキャラクターのイラストをアイコンにしていた。目が四つもあり、四足で立っていて、鼻が長く全身が緑色をしている。象の遺伝子操作に失敗したようなクリーチャーで、とても可愛いとはいえない見た目だった。
『Pwn、Reversingがゆあん担当で、Network、Webが二海ちゃん。私がそれ以外ね』
桃が書き込んだ。昨日確認したことだったが、改めてということなのだろう。二海はなんと返そうか迷った。『わかった』だけでは少し素っ気なさすぎる。かといって『わかりました』だとかしこまりすぎているし、『りょうかい』では逆に馴れ馴れしいような気がする。スタンプがあればいいのに、と二海は思ったが、このチャットで送れるのは絵文字だけだった。結局二海は『わかった』の後に両手で丸をつくっている絵文字をつけて送った。
『noviceCTF』のページには、まだ問題は表示されていない。代わりに『noviceCTF#32 START:5/26 11:00:00-5/27 11:00:00(SGT)』とだけ大きく書かれていた。時差の関係で一時間遅くなっているが、日本では昼の十二時が開始時刻で間違いない。その十二時までは、あと数分だった。二海はじりじりとしながらそれをまった。どんな問題でもいいから、早く始まってくれればいいと思った。
とうとう、パソコンの時計がぱっと『11:59』から『12:00』に変わった。すかさず二海はブラウザのリロードボタンをクリックした。
上から『Pwn』『Crypto』『Reversing』『Web』『Network』『Misc』と見出しが並び、それぞれの三つから四つ程度問題へのリンクが並んでいる。
『始まった!』
とゆあんのメッセージがチャットに流れた。
『最初はそれぞれの一番左から解いていって。だいたい難易度順だから』
言われたとおり、二海は『Web』の一番左の問題のリンクをクリックした。
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