朝、教室についてカバンを下ろし、椅子に腰かけると、となりの机から吉川さんが声を掛けてきた。


「ねえ、小笠原くん。きのう、なんで来なかったのよ」

 ちょっと非難するような口調だ。


「ああ、ごめん」

 すこし寝不足の頼朝は適当に応じる。


 きのうはアリスの出発の日で、隣りのB組はもとより、うちのクラスからも何人か羽田空港の国際線ターミナルへ見送りに行っていた。日曜日だったので、かなりの人数が集まったらしい。だが、頼朝は、吉川さんに事前に誘われていたにもかかわらず、羽田空港にはいかなかった。


 とはいえ、実は羽田空港の公式ボイド空間に入室して、リアルタイム・ビューでアリスの乗った飛行機がテイクオフするのは、ボイドの展望台からちゃんと見ていたのだが。


「小笠原くんが来なかったから、アリスも寂しそうだったよ」


「ああ、そう?」興味なさげに振り返ると、吉川さんの探る様な視線にぶつかる。「なに?」


「小笠原くんって、アリスの事、好きだったんだよね?」


「え?」頼朝はとぼけた。

 好きだった、ではない。いまも好きだ。


 だから、羽田にはいかなかった。却ってつらくなると思ったから。


「もちろん好きだよ」軽く言ったのだが、それで自分の口から出た「好き」という言葉に反応して、身体の血がたぎるように熱くなる。「でも、もう行っちゃったからな」

 頼朝は小さく肩をすくめて見せる。


「そ・う・だ・ね」


 頼朝の言葉を受けて、吉川さんが、とても嬉しそうに、にっこりと笑った。





                                                             第1巻 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る