2 ムサシVSヨリトモ


 ベルゼバブの突進に煽られて、集団の先頭が、わっとばかりに後ろへ下がった。岸から引く波のような動きだったが、それがすぐ後列に突き当たり、跳ね返される。

 そこへ飛び込んだベルゼバブは、わずかな間隙へ飛び込みつつ、カスール・ザ・ザウルスを振るった。


 縦に斬れば、反物質漏れを起こす。横に、腰の高さで斬れば、いちいち核爆発に足を止めされることもない。そして、集団の中に飛び込んでしまえば、味方が邪魔で敵は攻撃できない。


 ヨリトモは、カスール・ザ・ザウルスを腰だめに構えたベルゼバブをフロント・ダッシュさせながら、つぎつぎと敵の機体を撫で斬り、ホバーのままターンしながらさらに薙ぎ斬り、サイド・スラスターを吹かして横っとびにドリフトさせながら、敵を薙ぎ倒した。


 たちまちのうちに、ばらばらと零れ落ちたカーニヴァル・エンジンの上半身と、倒れた下半身で足場がなくなる。


 何機かの胸部装甲が開いて、内部から脱出ポッドともいうべきコア・キューブが射出され、反重力ユニットによる斥力で上昇し、母艦へとパイロットの身体を帰還させてゆくが、今はそれらに構っているときではない。


 腰斬されたカーニヴァル・エンジンの残骸を飛び越え、ドーナツ状に広がり始めた敵陣の内側を、ねずみ花火のように走り回って、片っ端から敵を斬って行く。


 おれは負けない。


 ヨリトモは声に出さずに叫ぶ。自分たちでは何も考えず、本当のことを見ようともせず、ただ周囲に気を使って迎合しているだけのお前たちに。自分の敵は自分で決める。なにが正しいか。なにが間違っているか。自分の目で見て、自分の頭で考えるんだ。だから、集団で寄ってたかって一人の女をいたぶっているようなお前たちに、おれは負けない!


 スロットル・ペダルを思い切り踏み込み、操縦桿を強く握ってコントロールする。ベルゼバブのアームでしっかりと握られたカスール・ザ・ザウルスを渾身の力で振り回す。


 しかし、それにしても良く斬れる刀だ。さっきから10機20機とカーニヴァル・エンジンを横薙ぎにし続けているが、カスール・ザ・ザウルスの切れ味はまったく衰えない。それどころか、斬れば斬るほど、斬れ味が増す。いまや面白いくらいに斬れるので、かえって斬ることが快感になりつつある。


「ヨリドボ、ざばぁー」


 泥の中から這い上がってきた妖怪みたいな声を出して、ビュートが画面に復活してきた。

 顔中、血と涙と鼻水で、でろでろ。ひどい顔だった。おまけに顔の左半面を覆っていた銀仮面が剥がれ落ちていて、そこからかなりの出血をしている。


「大丈夫か、ビュート?」


「ぶふう、ちょっとお化粧直してきます。その間に胸部装甲のダメージコントロールと胸郭内部のホメオトーシス、しておきます」


 そのままビュートが画面からフレームアウトしてしまった。


 ちょっと気になったが、いまはそれどころではない。


 ベルゼバブを低く跳躍させ、逃げ出そうとしている集団に斬りかかる。防御しようとしたり、反撃しようとしたりしている敵は、攻撃しない。それ以外の行動をとっているやつ、逃げたり隠れたりするやつから、徹底的に叩く。その守らざるを攻め、攻めざるを守れ。

 『孫子』が役に立った。


 ヨリトモはホバーして弧を描くライン取りで、背中を見せて逃走に入ろうとした集団を撫で斬りに切り崩した。が、薙いだカスール・ザ・ザウルスの刃が、がきんと跳ね飛ばされる。


 はっと振り返ると、集団の中から両アームにビーム・ソードを構えた黒い機体が一歩前に出てくる。軽量高速戦型カーニヴァル・エンジン、ニンジャ。ムサシか。


「ヨリトモ、ずいぶん好き勝手にやってくれるな」

 直接通信が来た。


「邪魔をするな、ムサシ。さっきの話は聞いていたろう?」


「これが、ゲームじゃなくて、本物の戦争だって話か? バカバカしい。だが、たとえおまえの言うことが本当だとしてもだ、おれはこのゲームをやめないぜ。おれにはゲームしかないからな」


「なんだと?」


「こう見えておれは、一昔前までは世界中で顔の知られたハリウッド・スターだったのさ。名前を言えばおまえだって知ってる俳優だよ。だが数年前のバイク事故で全身麻痺。いまやベッドの上で眠り続けるしかない生活だ。だからおれには、ここでこうやって。ゲームでもしてるくらいしかないのさ。たとえそれが、本物の殺人ゲームでもな」


 ヨリトモは一瞬黙った。人にはそれぞれ事情があるようだ。が、事ここに及んで、妙な手加減はできない。こちらも、一歩も引けない場所に立っている。


「ああ、そうかい。じゃあ、勝手にしな。しかし、有名な映画俳優さんは、300機もの味方を率いて、たった1機に手も足も出ないみたいじゃないか。おまえら全員、とんだ腑抜け揃いだな」


「なめんな、ファントムのドン亀がっ!」


 ニンジャがターボ・ユニットで機体をホバーさせると、竜巻のようにスピンしながらビームの刃を振り回し、突進してきた。


 ヨリトモはベルゼバブを低く飛び込ませて、ニンジャの脚を薙ぐが、ムサシは跳躍でこれを躱す。


 やるな。ピン!と緊張の糸が走る。


 入れ違いに振り返り、二機が同時に刃を振るうが、この間合いなら大太刀カスール・ザ・ザウルスが有利。ベルゼバブは上段から唐竹割りに振り下ろし、受け止めるニンジャのビーム・ソードごと叩き斬ろうと渾身の一撃を見舞ったが、二刀をクロスさせて受けたニンジャのダブル・ソードは、がっちりとカスール・ザ・ザウルスの刃を受け止めていた。


「知っているか、ヨリトモ」ムサシは受け止めた刃の下で、機体を竜巻のように旋回させると、横薙ぎに斬りつけてきた。「十字受けってのは、強いんだ」


 それは知らなかった。刀身で受け流して、逃れたつもりだが、ビーム・ソードの切っ先がベルゼバブの脇腹を切り裂く。ばりっという音をたてて、ライトニング・アーマーがスパークする。


「損傷軽微。戦闘に支障ありません」凛としたビュートの声が響く。ヨリトモはベルゼバブのカメラアイでニンジャを睨んだまま、コックピットの左コンソール、いつもビュートが映っている画面を振り返る。


「いけるか?」


「いけます」


 簡潔に返答するビュートの顔から、銀色の仮面が抜け落ちていた。初めて見せる彼女の左半面は、もしかすると右半面より大人っぽいのかもしれない。素顔のビュートは、いつもより大人びて見えた。


 ヨリトモは一度カスール・ザ・ザウルスを、刃を後ろに流す脇構えにとると、そこから大きく踏み込んで、再び上段から一刀両断に斬りかけた。ニンジャは間合いを合わせ、すかさず十字受け。今度はさっきより間合いが深い。ここからなら、次の攻撃は――、


 がきっ!と、カスール・ザ・ザウルスの柄頭が、ニンジャの顔面に突き刺さった。


 一度受け止めさせて、そこから転じて、柄の先端の金具が嵌まった部分を、ニンジャのがら空きのフェース・プレートに突き込んだのだ。各種センサーのターミナルが内臓されたヘッド・ユニットにダメージを喰らい、ニンジャがフラリと後ろによろける。その期を逃さず、ふたたびヨリトモが上段から一刀。ただし、これもフェイク。斬ると見せて、実際には切らずに、ターボ・ユニットをオンにしてホバーさせたベルゼバブの身体を、ヨリトモはその場で高速回転させていた。


 腰だめに太刀を構えて独楽のように一回転したベルゼバブの前で、胴を抜かれたニンジャは動きを止める。


 ヨリトモは、十字受けの構えでフリーズしたニンジャの胸にキックして、ダルマ落としの要領で、切断された上半身だけ、地面の上に蹴り落した。


「あっつぅ」落下の衝撃でコックピット内で声を上げたムサシが、心底悔しそうに画面の向こうから睨んでくる。「ヨリトモ、今日おまえがおれに勝ったのは、そのユニーク機体ベルゼバブの性能のお陰だということを忘れるなよ」


「ファントムⅡに乗るおれを、ラプターで追い回していたおまえが言うな」ヨリトモは低い声でこたえる。「剣での戦いに、機体性能が関係ないのは、ボイドのゲーム空間ですでに証明済みだ。これは機体性能の差じゃないぞ。おまえとおれの、腕の差だ」


「くっ」ムサシが悔し気に呻く。



「ヨリトモさま」ビュートが話に割って入る。「新手が来ます。三機編隊。まっすぐこちらに接近中。隊長機は、機種『ソロモン』。パイロットはカシオペイア。護衛の二機は『グラップラー』です」


「いよいよ、来たか」


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