3 最強のパイロット


 夜空を三つの青い光が駆け抜けてきた。


 3機のカーニヴァル・エンジンが噴射するスラスターの青い光だ。地平線方向から超音速で接近したそれは、ヨリトモたちの上空で急減速し、そのまま降下してくる。


 中央の機体は、コバルトブルーの重カーニヴァル・エンジン。城郭のようながっしりした装甲に、法王が被る帽子をあしらったような大仰なデザインの頭部。肩から突き出して上へ反った偉そうな角。胸部アーマーに大きくはめ込まれた別パーツの、五芒星の印章シジル


 これが、カシオペイアの乗機、キング・シリーズにしてコマンダー機の『ソロモン』か。



 そして両脇に従う2機のカーニヴァル・エンジンは、軽量高速戦闘型のグラップラー。


 ただし、背部ウェポンラックが特別製の大型で、旅客機の翼のように左右に張り出している。その大型のウェポンラックには、レールガンからアサルトライフル、ミサイルランチャー、スナイパーライフル、火炎放射器、バスーカ、マシンガン、ハンドガン、ソード、槍、薙刀、ハンマーとありとあらゆる武器が収まっていた。


 なにかと思ったら、カシオペイア専属の武器の運び屋キャリアーということだ。

 さすが将軍様ともなると、専用に太刀持ちが二人もつくらしい。


 ソロモンが右手をあげて合図すると、ムサシの指揮下にあった300機──いまは200機くらいに減っているが──のカーニヴァル・エンジンが一斉に後退を始めた。

 最初の布陣でクレーターに集合していた軍勢は、いまや遠巻きにクレーターを囲む形に後退を完了している。どうやら、カシオペイアとヨリトモのために、大きくて広い場所をあけてくれたようだ。



 カシオペイアは2機の太刀持ちに、そこで待っていろとアームで指示し、ソロモンをゆっくりと前進させ、ベルゼバブのすぐ前まで来た。


 直接通信が繋がる。


「ヨリトモ、やはりそちら側に行くか。おまえがここに来たときから、なんとなくこうなるような予感がしていた。『エアリアル・コンバット』のころからそうだ。いや、それ以前の『スカイ・ソルジャー』ですでにおまえは、なにが正しいかを自分で決めるプレイヤーだった」


「『スカイ・ソルジャー』! なつかしいな。六年前か」


「あのころから、おまえは一つの機体にこだわっていたな。ファントムⅡ。古いがいい機体だ。だが、ヨリトモ。戦場では最適の兵器と武装というものが必ず存在する。どこで、どんな状況でも、いくらその機体がお気に入りだからといって、それ一機で押し通すわけにはいかないのだ。それをお前と来たら、どんなミッションでもファントムだった。バカにすると同時に、尊敬していたよ。そんな奴がある日、この『スター・カーニヴァル』にやってきた。焦るなという方が無理だ。しかも初日からユニーク機体にのってだぞ」


 カシオペイアは苦笑した。楽しそうに、苦笑した。


 ヨリトモは黙って肩をすくめる。


「ヨリトモ、提案がある。ここでおれと勝負しろ。おまえが勝ったら、好きなところにいけ。部下たちには手を出させない」


「おれが負けたら?」


「おれの右腕になれ」


「断る。死んでもいやだ」


「なら仕方ない。叩き潰すまでだ。少なくとも、そのベルゼバブだけは確実に破壊させてもらう」


「できるものなら、やってみろ」


「ヨリトモ、おれに勝つつもりか」


 嬉しそうに笑ったカシオペイアは、2機のグラップラーのところまでソロモンを動かし、彼らの背部大型ウェポン・ラックから武器を選び始めた。




「すごい自信ですね、カシオペイアのやつ」ビュートが画面の中で、腕組みする。「この人、強いんですか?」


「強い」ヨリトモは大きく深呼吸して、肩を回し、手の指をほぐした。「そもそも『カシオペイア』ってあだ名はおれが付けたものだ。昔は別の名前タックネームを使っていたんだが、おれが付けたあだ名が気に入ったみたいで、いまは自分のハンドルネームとして使っている」


 ベルゼバブを歩ませて、広場の中央に出る。クレーター外縁を200機ちかい敵機が取り囲み、即席の円形闘技場が形成されていた。この中で、カシオペイアと一騎打ちするというのはかなりなアウェー感を感じるが、部下には手を出させないという彼の言葉を信用しよう。あれでなかなかプライドの高い男だから。



 カシオペイアが武器を取って歩いてくる。重カーニヴァル・エンジン・ソロモンが手にしているのは、槍。いや、ちょっと違う。槍のように見えて、その穂先は平べったく波打った両刃の、独特の形状をしている。


蛇矛だぼうかよ」ヨリトモは舌打ちした。三国志の英雄『張飛』が使う武器だ。どうゆう選択だ、まったく。

 人のこと言えるか。自分も思いっきり、こだわり派じゃないか。


「たしかに蛇矛ですが、あれはレプリカですね」


 ビュートが報告を入れる。なんにしろ近接格闘に付き合ってくれるらしい。純粋空中戦より勝ち目があるといえよう。というか、こちらには飛び道具がない。


 ヨリトモはカスール・ザ・ザウルスを構える。半身にとり、切っ先を中央につけた。


「ミヒャエル・エンデという作家の書いた『モモ』という物語の中に、一匹の亀がでてくる」ヨリトモは静かに語る。「その亀の名前がカシオペイアなんだ」


 ソロモンが蛇矛を正眼にとり、じりじりと間合いを詰める。


「で、そのカシオペイアには、ふたつ、超能力がある。ひとつは、甲羅に文字を浮かべることができる」


 彼我の間合いが詰まり、カスール・ザ・ザウルスと蛇矛、二枚の刃が触れ合う。超高周波ブレードの振動がぶつかり合って、じじじと鋼が鳴った。


「そして、もうひとつ、そのカシオペイアという亀──」


 ヨリトモはすかさず穂先に一刀斬りつける。が、カシオペイアはすでに分かっていたかのように、穂先を下ろして外し、ヨリトモの斬りつけに合わせて突きを入れてきた。蛇の形に波打つ刃が、ベルゼバブのショルダー・アーマーを貫く。


「──5分先の未来が見える」


「ショルダー・アーマー破損。ライトニング・アーマーの部分的再起動を行います。ダメージ軽微、戦闘に支障ありません」ビュートが画面の中で、縛っていた髪をほどいた。さっとばかりに黒髪が流れる。「敵に不足なし。思い切っていきましょう。あたしたちは、亀には負けません」


「おう!」ヨリトモはスロットル・ペダルを踏み込み、肩のダメージを気にせず一気に飛び込んだ。カスール・ザ・ザウルスをひと薙ぎ、ふた薙ぎし、間合いを詰めるが、ソロモンは正確に見切って後ろへ下がり、ヨリトモの切っ先を躱す。


 ターボ・ユニット、オン! ベルゼバブをホバーさせるが、ソロモンが一拍早くターボ・ユニットを入れている。

 しかし、ベルゼバブの加速は宇宙一。逃しはしない。

 ペダルを床まで踏み抜いて、反物質スラスターを全開、フルスロットル。さがるソロモンは、さすがカシオペイア、すでにフットスラスターを噴射している。だが、こちらの方が速い。


 シフト3、シフト4。ここで追いつく。


 斬りかけようとするヨリトモの機先を制してソロモンがくるりと背を向けた。

 背中の反物質スラスター・ギミックが展開し、ノズルがこちらを向く。エアインテイクから吸入した大気が、対消滅エネルギーで加速されてベルゼバブに叩きつけられる。

 が、ベルゼバブはアームで身を庇ってそのまま突っ込む。すぐに噴射の軸をずらして加速。絶対にこっちが速い。シフト5!


 ソロモンが上昇する。エアロサーカスのようにスポイラーを重ねてベルゼバブが追いすがる。シフト6。斬れる! あと一メートルで届く。


 くらえ、カシオペイア! シフト『滅』。滅点ダッシュ!

 ベルゼバブの機体が青い炎を立ち上らせて、火の玉のようにソロモンに襲いかかった。


 ヨリトモは片手切りにソロモンの背中へ斬りつけ、ソロモンの胴体が真っ二つ……、と見えたが、重カーニヴァル・エンジン・ソロモンが機体から青い炎を吹き上げながら、あり得ない加速でヨリトモの刃を逃れて加速してゆく。



「なんだって?」ヨリトモは思わず叫んだ。「滅点ダッシュか!」

「あとづけです。純正じゃありません」ビュートがすかさず切り返すが、さらに付け加える。「性能はとくに変わりありませんが」


 ソロモンの機体は、独特の青い炎を纏いつかせて、尾を引く彗星のように加速し、旋回に入る。



「くそっ」悪態をつきつつ、ヨリトモも滅点ダッシュのまま急旋回。

 お互いに一度離れたソロモンとベルゼバブは、青い炎を纏ったまま、再旋回、そのまま機首を向き合わせてヘッドオンで入れ違う。カスール・ザ・ザウルスと蛇矛がぶつかり合い、離れた2機はさらに急旋回、もう一度入れ違いざまに刃を交える。


 映像パネルの隅でカウントダウン・タイマーが残り時間を表示している。滅点ダッシュの発動時間はあと4秒。ヨリトモはベルゼバブを急旋回させ、もう一度ソロモンへ突っ込ませる。が、敵機の方が速い。カシオペイアの方が一段、旋回速度が高い。


 2機は上り龍のように交差しながら上昇し、シザース戦を展開したが、三合目でカシオペイアが有利な位置に入り込む。


 滅点ダッシュの発動時間、のこり2秒。


「ヨリトモさまっ」ビュートが警告する。「旋回戦では、ベルゼバブには不利です」


 ヨリトモは無理にベルゼバブを旋回させて、蛇矛を防ぐ。のこり1秒。


 もう一回、なんとか旋回を。操縦桿を操るが、パネル隅に表示される数字がゼロへ。ベルゼバブの周囲で、青い炎が細かい破片のように砕ける。滅点ダッシュ終了。

 

 ほぼ同時にソロモンの滅点ダッシュも終了しているが、向こうはすでに旋回を終えてベルゼバブの背後に迫っていた。蛇矛が突き出される!


 ヨリトモは反射的にベルゼバブの手足を縮めて身をよじり、すぐに四肢を振り回すように伸ばして空中で猫のように機体を回転させた。

 蛇矛の刃と入れ違う様にカスール・ザ・ザウルスで斬りつける。こちらの胸部装甲表面が切れ裂かれ、かわりに相手の肩の角が斬り飛んだ。



 限界まで滅点ダッシュを使用した2機は、一時的に推力を失い、相打ちのまま距離を離して落下を開始する。全ベンチレーターが解放され、強制排気による機体冷却とエマモーターの高速回転による十次元バッテリーへの強制充電が開始される。コックピット内が非常電源に切り替わり、赤い照明が灯される。いくつかの計器が落ちて画面が暗くなる。


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