2 たった3機


 月ほど大きくはない。が、月に近い大きさ。その表面を縦横に走るパイプラインと、地盤を覆う装甲のように敷設された対空砲火。戦闘機基地。プラットホームと、それらを繋いで直線的に走るレールライン。


 対空砲火は、あり得ないくらい巨大な高射砲がこちら側に2基みえる。中くらいの分子分解砲が数えきれないくらい。細かいプラズマ砲は、床に敷いたタイルのようにびっしりと並んでいる。そして赤道付近に鎮座するのは、ひときわ巨大なマスドライバー。



 ワーグナーが再び指示をだし、小隊は減速に入る。


 減速は、機体を180度回して、メイン・スラスターを噴射する。これは真空機動の基本なのだが、初心者のナスタフには難しいらしい。ケメコもびっくりするくらいオタついているが、彼女の場合は機体の挙動に問題があるようで、普通に姿勢制御しようとしても変な揺動が出ていた。


 二人がオタつくことを予測していたワーグナーは、小隊の最後尾についており、針路を180度回したあと、「わたしの機体を目標に加速してくれ」と指示を出し、逆噴射をリードしてくれた。


 もちろんヨリトモは問題なし。少し離れた位置で、クイックターン、すなわちベルゼバブの身体を猫のように前転させて一瞬で上下を入れ替える。

 最近は軽いムーンサルトを加えて進路を変える技も覚えたくらいだ。コツさえつかめば、反重力スタビライザーの制御がかかっていないシフト1のクイックターンほど、瞬間的に姿勢を変えられる方法はないと感づいていた。


「クイックターンって、戦闘機じゃ出来ない機動だよな。カーニヴァル・エンジンの可動部分が異様に多い訳が分かったよ」


「ヨリトモさま、気づきましたね」ビュートがにんまりと笑っている。

「人が乗る汎用兵器で、人型以上の物は存在しないんです」



 180度ターンしてしまうと、あとは簡単だ。加速して離れていくワーグナーのスカーフェイスを追っていけばいい。感覚的には、どこかに向かって出発している気がするが、実際にはこれで要塞に対して減速していることになる。



 ワーグナーは、小隊をきちんと減速させて、予定時間より早く指定されたポイントに停止させた。


 前方には月のように巨大な宇宙要塞。映像パネルでは見えないが、シンクロル・レーダーと電磁波レーダー両方で、上下左右に展開している味方カーニヴァル・エンジンの機影が確認できる。


 お互いの機体が視認できる距離までナスタフに近づいたワーグナーとヨリトモは、今後の作戦の手順を説明される。ただしケメコは姿勢制御がうまくできなくて、近寄って来れずにいたため、通信画面での対話だ。


「要塞にはかなりの対空火器があると予想される。また長距離画像解析では、無人戦闘機ナイトメアの存在も多数確認されている。対空兵器マップは、作戦命令書に添付されているので、開始前に各自ロードしておくように。つぎに、各員の小隊における配置だが……」


 突然スカーフェイスの胸から上が、吹っ飛んだ。


 内部にダイナマイトでも仕込まれていたみたいに、爆散して無数の破片になり、それが煙のように散って後ろへ流れていく。姿の見えない巨大サメによって齧りとられたように消失した頭部と胸の一部。残りの肩や腕のつけね辺りからバチバチと火花が散り、機体の反物質が対消滅を起こした。青い閃光がドラミトンとベルゼバブを吹き飛ばす。


「うわっ!」ヨリトモは思わず叫んだ。


 画面の中でナスタフが両手で口を押え、目を丸く見開いている。ケメコはわけが分からず口をぽかんとあけて、墓石のような巨大な歯を見せていた。


「動けっ!」いち早く事態を掌握したヨリトモは叫んだ。「動け、動くんだっ! ナスタフっ! ケメコっ!」


 叫びながら、ペダルを踏み込み、次々とシフトを上げてゆく。最大加速で上昇して、すぐに旋回、加速して、旋回。



「早くしろ! 動かないと、死ぬぞ!」


「無理だ、旋回できないっ!」画面の中でケメコが半泣きする。


「装備を廃棄パージしろっ! そんなもん、何の役にも立たない!」


「やだっ」


「捨てろっ! 捨てないと、カオリンが死ぬぞ!」


「ううっ」ケメコが呻き、よたよたと旋回していたインフィニティーの肩部からばちっという火花が散って、両肩の追加兵装が切り離される。ミサイル・ランチャーや三連バズーカが吹き飛び、身軽になった赤い機体は、水を得た魚のように生き生きと旋回を始めた。「あーん、あたしの三連バズーカぁ……」


 やっとナスタフに続いてケメコが加速を開始する。



「ビュート、いまの攻撃はなんだ?」


「対空砲火です。インパルス砲ですね」


「一瞬シンクロル・レーダーに細い線が映った。あれが火線か?」


「はい。インパルス砲は非トレーサブルの砲火ですので、真空では飛んでくるのが見えません。エネルギー弾は光速で飛翔しますが、シンクロル・レーダーに反応が出ます」


「この距離で当たるもんなのか? 10万キロ以上あるぞ」


「インパルス粒子は崩壊まで半秒以上かかります。光速度で飛びますので、15万キロくらいとどきます」



 光の速度が秒速30万キロだとして……。


 ヨリトモはベルゼバブを高速旋回させながら、素早く計算する。敵がシンクロル・レーダーで照準すると仮定しても、着弾に0・3秒。プラス照準時間。そのあいだ止まっている相手にしか当たらない。つまり、動いている相手にはなかなか当たらないはずだ。


「ケメコさん、ナスタフさん。旋回をつづけて。そんなに急がなくても、動いていればまず当たらないから。ただし慣性飛行は半秒まで!」


「おやつは500円まで、みたいに簡単に言うな!」

 ケメコが言い返してくる。が、旋回は一応やっているようだ。


 とかなんとか言っているそばから、離れた場所で待機している味方が直撃をくらい、青い爆光となって消えている。


「まずいな、撃ち減らされるぞ。なんとか警告できないか?」ビュートにきいてみる。


「コマンダー通信で、この部隊全部に警告しましょう」


「いや、コマンダー通信って、ベルゼバブはコマンダー機じゃないだろう」


「だーかーらー、ユニーク機体ですから、コマンダー機なんかより遥かに上位機種なんですって。コマンダー機にできて、ベルゼバブにできないことなんてありませんから」


「なるほど、そうか。そりゃ、すごいな」感心しつつ、ヨリトモは通信画面のモードを切り替える。「これか?」


「こっちでやります」ビュートがモード操作を行う。「じゃあ、……はい、しゃべってください」


「えー、……緊張するなぁ、もうこれ、入っているの? えっと、みなさん動いてください。わが部隊は、敵要塞からのインパルス砲の狙撃を受けています。とにかく動いて。動いていれば攻撃はあたりませんから」


 比較的近距離の通話を自動的に拾ってくれるオープンチャンネルに耳をすましてみる。


 がやがやとどよめくような声が起こっているが、シンクロル・レーダーを見ても、ほとんどのパイロットが動かない。

 やっぱカシオペイアみたいな有名人が言わないと、みんな聞く耳もたないのか?と悔しい思いをしているそばから、シンクロル・レーダーに火線が入り、このエリアの空間で青い爆発が起きる。


 さらに、二条、三条とインパルス砲の火線が走り、味方カーニヴァル・エンジンが消失する。それくらいの被害が出たのち、やっと味方の陣形が揺らぎ始める。


「よし」と思ったところで、ビュートから警告。


「敵要塞より、宇宙戦闘機ナイトメア多数発進。方形陣に展開し、急接近してきます」


 砲撃ののち、戦闘機を出すか。

 ヨリトモは通信モードを戦術リンクにもどし、ケメコとナスタフに伝達する。


「二人とも、無事か? もしまだ心が折れていないなら、ついて来い」ヨリトモはベルゼバブを敵要塞に向けてダイブさせた。


「ヨリトモさま?」

 ビュートが問うような視線を投げる。


「敵要塞に突撃する」

 告げたあと、電磁波レーダーでケメコとナスタフの動向を確認したのち、つぶやくように言う。


「たった3機だけ、だけどな」


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