2 シフト6のさらに上


「機体が艦殻に引っかかりました!」ビュートが叫ぶ。「離脱して下さい。六番艦の爆発が始まっています」


 ヨリトモはベルゼバブのヘッドを回すが、カメラアイの視界が得られない。ベルゼバブの顔の前に、せり出した艦殻の端があって視界を遮っていると気づいたのは、視点を変えて、コックピットの映像パネルに目を移したからだ。



 ベルゼバブは、せり出した岩棚みたいな金属部材の上に投げ出されていた。これに激突したのだ。


 ヨリトモは腕立ての要領でベルゼバブのボディーを持ち上げる。二十Gに逆らって、カーニヴァル・エンジンの人工筋肉が、頑強なかいなを伸ばす。バックモニターが閃光で満たされ、自動補正で暗くなる。


 爆発だ。


 ヨリトモはサイド・スラスターのペダルを踏み込んで、ベルゼバブを横っ跳びに金属の岩棚から突き落とした。二十Gの加圧が消え、空恐ろしい加速でカタパルトの巨大な空洞内の景色が後ろへ走り出す。

 が、艦体はすでに爆発を開始し、大量の反物質が対消滅を起こして大規模な超級核爆発を起こしていた。燃焼ガスが超音速で吹き出し、鉄片や部材を含んだ衝撃波がベルゼバブを呑み込む。


 映像パネルのすべてが炎に包まれ、アーマーゲージが一瞬でレッドソーンに達した。やばい、死ぬかも。

 そんな考えが脳裏をよぎるが、自ら否定し、喰いしばった歯の間から声を絞り出す。

「そう簡単に死ぬかよ、ゲームでさ」



「シフトを6のさらに上にあげてください!」


 ビュートが声を枯らして叫ぶ。


 6の上ってなんだと思ったが、考えてる余裕がない。指が勝手に小トリガーを引き、正面バネルの表示がパープルに変わる。右の表示サークル内で、さっきまで6という数字だった場所が、いまは『滅』という文字に変わっていた。

 

 とたんに、周囲の音が消える。機体の振動も起動音も消えた気がした。


 見回すと、グレイト・ホール内を走る爆炎と破片が、動きを緩めてゆっくりと走っている。その無音の世界をベルゼバブのみ、快速に突っ走り、スラスター噴射にものを言わせてぐいぐいと加速していた。


「滅点ダッシュです」ビュートの声が静かに語る。

「一種のタイムマシンです。加速装置と言ったほうが分かりやすいでしょうか。周囲の時間の流れを限定的に遅くして、こちらは逆に時間流を加速させます。単位時間あたりの速度の変化は同じなんですが、こちらは時間の流れが速いので、加速度も劇的に上昇します。この滅点ダッシュ・ユニットはベルゼバブの標準装備です」


 時間の流れを歪めた超加速を行ったベルゼバブは、あっという間に爆発がまき散らしたデブリの海を抜ける。


 直後に、対消滅爆発を起こした六番艦のメイン反応炉が放つ爆光に機体が包まれたが、光の強さは距離に二乗に反比例する。近距離でくらえば致命的な、物質を焼き尽くして影にしてしまうほどの閃光も、ある一定以上離れてしまえば、なんということもない。


 青白い閃光が晴れたとき、ヨリトモの乗るベルゼバブは、星の海のただ中に音もなく浮いていた。


 やがてピピピピピと警告音が鳴り、左操縦桿のシフターがぱちん音を立てて「滅」の位置から外れた。滅点ダッシュの終了であるらしい。



 ヨリトモは両の操縦桿を前に倒し、ゆっくりとベルゼバブの機体を回した。


 反重力バーニアの力場噴射により、ベルゼバブの機体がもどかしい程の低速で前へのめるように回転し、いまさっき脱出してきた六番艦のあった場所が映像パネルに映される。

 右コンソールのコントローラーで映像をズームしてみるが、すでにそこには何もない。跡形もなく、六番艦は吹き飛んだということだ。


 そしてヨリトモの足元方向では、反重力カタパルトから射出された形になる、敵の強襲艦の艦影が遠くに見え、そこに群がる味方のカーニヴァル・エンジンが、スラスターの噴射炎の尾を引いて、まるでホタルのように飛び交っていた。



 ベルゼバブは慣性で流されているようだが、ヨリトモは構わず周囲の星空に目を向ける。


 赤、青、緑、紫、白、銀、黄……。幾種類もの星が、ひとつとして同じ色を発さず、瞬くこともせずに輝いていた。まるで、ひっくり返った宝石箱だ。

 数えることさえ敵わぬ、無数の星の海。輝く星の光の中で、ヨリトモは溺れてしまいそうな錯覚を覚える。


「やっと宇宙に出られたな」星海の潮の流れに身をまかせ、ヨリトモは真空の宇宙空間でベルゼバブの手足を伸ばす。


「はい」ビュートが肯定する。「やっと出ました。でも、ここからがスタートです」






 翌朝、頼朝は眠たい目をして登校することになる。


 なにせ、あのあと大変だったのだ。



 六番艦が失われたため、ヨリトモは急遽、新造艦の十三番艦に配置変えさせられた。


 十三番艦というのは、ヒパパテプス級の半分くらいの大きさしかないゲルハルト級の母艦で、一部のプレイヤーしか所属していない。そのためハンガーに余裕があるため、今回六番艦から大量にプレイヤーが回されることになった。


 最後方から、艦隊の先鋒まで突出してきた十三番艦には、多数のカーニヴァル・エンジンが着艦待ちの状態になり、ヨリトモも周辺空間で相対速度を殺しての待機を余儀なくされた。

 艦と併走しながら、順番を待つのだが、その間を利用して晩飯を食べることにする。晩飯といっても、ボイド空間でではない。リアルの世界での晩飯だ。



 指示されたポイントへベルゼバブで向かっている途中で、母からのインターフォンが来たため、無線カスクを被ったまま一階の食堂へいく。


 当然奇異な目で見られて、「あんた、なにやってんの?」とたずねられたが、そこは相手は機械に詳しくない母である。頼朝は、ボイド接続のディスク・クリーンナップとファイルの最適化をしているとかなんとか、適当な架空の機能をでっち上げて、食事しながらもゲームを続行した。



 遮光バイザーを跳ね上げて、食事をしつつ、着艦待ちをする。

 食べてる最中に順番がきてしまい、「ごめん、なんか気分が悪くなった」と適当な嘘をついて食事を切り上げて三階に上がり、慌てて着艦操作に入る。



 宇宙空間でロケットは、変な操作をしてしまうと、加速力が回転力に変わってしまって宇宙船はスピンしてしまう。


 が、カーニヴァル・エンジンは反重力スタビライザーの働きで、機体にかかる加速度を力場として均等に分散するため、スピンせず、また加速Gもコックピットにかからないという設定になっている。それため、非常に扱いやすく、操縦桿の感覚は飛行機に近い。


 母艦への着艦は、艦尾にある着艦口から行われ、これは艦内四隅を走る帰艦チューブというものを通って自分のデッキまで移動し、ハンガーにもどる仕組みだ。


 帰艦チューブはグレイト・ホールより遥かに細く、反重力もかかっていない。

 各デッキは、宇宙には上下が関係ないため、このチューブに床を接して、六つのデッキが円状に囲んでいる。


 艦尾着艦口からチューブに侵入した機体は、チューブを抜けて自分のデッキまで到達し、斜路から中にはいる。デッキ内には200基のハンガーがあるので、自分のハンガーまで中央を走る自走路にのって移動し、やっとハンガー帰着だ。


 ちなみにハンガーは、拘束架台を立ち上がらせることができるので、そこにカーニヴァル・エンジンの背中を当てれば、あとは自動で倒れてくれる。


 ハンガーが倒れて、やっと無事帰艦となるわけである。




 ヨリトモはベルゼバブをハンガーに入れると、一旦ログアウトすることにした。まだ時刻は遅くないが、なにしろ疲れた。一旦接続を切ることにして、ビュートに別れを告げ、ボイド空間から現実世界にもどってきた。まさに身も心ももどってきたという感じである。


 そのあと、風呂に入ったり、ジュースを飲んだりして少し時間を潰していたのだが、しばらくすると我慢できなくなって、また『スター・カーニヴァル』に接続してしまった。



 そしてそのまま初期チュートリアルやら初級操縦課程やらのイベントをクリアする。


 プレイ初日でヘクトロルを撃墜し、作戦でMVPをとっているので、候補生だったヨリトモの階級は、二等兵、一等兵を飛び越えて、いきなり上等兵だった。まさかの二階級特進。


 そんなこんなで時間を忘れて遊んでいるうちに、時刻は夜中を回り深夜の二時過ぎ。


 慌てて寝るも、興奮のため、なかなか寝付けなかった。翌日は当然睡眠不足。


 眠い目をこすっての登校となってしまった。


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