第4話 カーニヴァル・エンジンのある生活

1 脱出不能


「無茶はよせ、ヨリトモ」カシオペイアの冷静な声がとどく。「第一、艦殻を破壊するのに有効な武器はあるのか? 銃器でもかなりダメージ力のある物が必要だぞ。理想はグレネードだが」


「安心しろ。核爆弾を持っていく」ヨリトモはベルゼバブを走らせながら、さきほど切り落としたヘクトロルのドリルを拾い上げた。「まだ、一匹か二匹、中に監獄星カブトムシが残っていると思うんだが」


「います」ビュートが放射線量を確認して返答してくる。「ヨリトモさま、左右の大きなペダルがメイン・スラスターを制御するスロットル・ペダルです。飛び出したら床まで踏み込んでください。シフトは6で。姿勢制御は、ツイン・スティックでも基本的に戦闘機と同じです。機体を鉛直方向にロールさせるときだけ、二本の操縦桿を交互に入れるところが違うだけです。あと補助的な入力で、左右の操縦桿を同時に外側へ倒すと上昇、内側へ倒すと下降します」



「姿勢制御に、上昇下降も操縦桿でできるのか。自衛隊のF2っぽくてカッコいいな」


「通常の重力は引力ですが、反重力は斥力です。質量に反応する斥力を人工的に作り出しています。カーニヴァル・エンジンの胸部には、コックピット・ユニットの納められたコア・キューブが収納されています。このコア・キューブは、表面が反重力ジェネレーターのタイルで覆われており、内側に発生する力場が反重力スタビライザー。外側に発生する力場が反重力バーニアで、これが機体の姿勢制御をします。また、緊急時、パイロットを脱出させるために、コア・キューブが機外に射出された場合の推進力も反重力です。ただし反重力は、力が弱いという欠点があります」



 背後で、ぼっと炎の柱があがった。ビュートはちらりと一瞥すると、早口になる。


「メイン・スラスターは、宇宙機モードではカーニヴァル・エンジンの機体を斜め四十五度に上昇させる角度で噴射します。グレイト・ホールに飛び込んだら、機体を、ピッチスケールを見て四十五度仰向かせてください。ピッチスケールは分かりますか」



「おれはパイロットだぞ」ヨリトモは、ベルゼバブをスタートさせた。「ピッチスケールはおなじみの計器だ」


 停止してしまっている自走式斜路を駆け上がり、胸にぎゅっとドリルネイルを抱え込む。二十Gの重力下では、この爆弾の重さは二十倍になってしまう。落とすわけにはいかない。


 すぐ先に力場エアロックの位置を知らせる黄色いラインがある。その先はもう反重力カタパルト。おっそろしいほど強力な重力の井戸。二十G以上なんていう、戦闘機ではあり得ない高Gの中で、果たして姿勢制御できるのか不安だが、もうここまできたらやるしかない。


 ヨリトモはベルゼバブをジャンプさせると、足先から力場エアロックを越えていく。手元のシフターの表示が6になっているのを確認して、左右にふたつある大きなペダルを床まで踏み込む。正面パネルに表示されているピッチスケールの数値を確認する。


 ピッチスケールは戦闘機の操縦ではおなじみの計器で、ヘッドアップディスプレイや透過型照準器の中に表示される。ハシゴをふたつに割って、左右に離したようなマークで、機首を上げたり下げたりするとそれにつれて、上下左右にくるくると動く。


 10度ごとに数値がついていて、いまヨリトモはベルゼバブを艦の進行方向に対して真後ろへ向け、さらに仰角四十五度を取るので、-135に合わせる必要がある。シフト6の最大噴射で制動をかけつつ、強く操縦桿を引いた。



 が、グレイト・ホールに飛び込んだヨリトモは、殴りつけるように体にかかってきたGに目を剝いた。


 一瞬息が詰まり、それが現実なのか仮想なのか判別できず、軽いパニックを起こす。腕があり得ないくらい重い。これは、肉体だったら何秒も持たない重さだ。


 反重力スタビライザーの限界を超えた反重力がかかっているのだ。素直に落ちれば感じない重力も、それに逆らってホバリングすれば、そのまま二十Gがプラグキャラにかかるわけだ。


 一瞬軽いめまいを感じつつも、ピッチスケールの数値、-135に合わせる。もともと-170あたりの数値だったので、それは苦労しなかったが、恐ろしく回頭が遅い。ベルゼバブの運動性はこんなに悪いのかと心配になるほどだ。



 正面下方にグレイト・ホールの深部が見える。あちこちで火柱があがり、ちかっちかっと核反応の青い炎が噴き出している。奥から飛んでくる鉄片が対空砲火みたいな勢いでライトニング・アーマーに突き刺さり、アーマーゲージをぐいぐい消費させている。


 艦体の崩壊はすでに始まっていた。


 これはボヤボヤしていられない。足元方向を映すルックダウン画面と後方を映すバックモニターを交互に確認し、艦首方向の様子を見る。


 真っ暗な深淵をのぞきこんでいるようだ。


 井戸の底みたいなカタパルト内で、下から突き出された槍のような巨大な舳先。この奥に何機ものカーニヴァル・エンジンが沈んでいるのか? そして強襲艦が引っかかっているという捲れ返った艦殻は、すこし前。前と表現していいのか、とにかく結構ずれている。



「サブのスラスターが噴射できればいいのですが、いまはペダルから足を離せないので、反重力スラスター、すなわち操縦桿の操作で移動しましょう」ビュートがこの状況下で冷静にチュートリアルしてくる。「ゆっくり両方の操縦桿を右に倒してください。落下軸を合わせます」


 ヨリトモはビュートが画面に示すラインにピッチスケールの傾きを合わせた。ベルゼバブの操縦桿の反応が悪すぎて、逆にこういう操作はやりやすい。


「さすが、ヨリトモさま。上手です」ビュートが褒めてくるが、その声は心なしか緊張している。「次は前後位置を合わせます。目標の艦殻がバックモニターに映れば成功です。その前に、シフトを5に落としましょう」


 見ると、正面パネルの端でスラスター・ゲージがイエローからレッドに変わっていた。やばい、このままでは焼け付く。


 ペダルを踏んだまま、シフターの大トリガーを一段階引いて、シフトを5に落とす。落とすときは、ペダルはリリースしなくていい。シフトが落ちた瞬間、ベルゼバブががくっと揺れて、じわじわと降下しだした。



 再び上で爆発が起き、なにか細かい砂みたいな物が降ってくる。そいつがベルゼバブの胸にちょっとだけ積もり、さらにベルゼバブが降下しだした。


「両方の操縦桿を閉じてください。足元方向へ移動します」


 もうかなり危険な感じになってきている。焦る心に反して、ヨリトモの熟練したパイロットの手は、ゆるく操縦桿を握って、感覚を確かめるようにそれを操作し、浮遊するトンボがすうっと身体を流すように、滑らかにベルゼバブの位置を移動させる。


 バックモニターに艦殻の銀色が映り込んできた。


「行けます!」いきなりビュートが叫んだ。「落としましょう」


 猶予も躊躇もない。ヨリトモはベルゼバブの胸に抱かせていたドリルネイルを脇から振り落とす。腕が重くてうまく上がらなかった。


 二十Gの重力がドリルネイルをもぎ取り、後方へすっ飛んでゆく。銃弾のように飛翔するその姿が、バックモニターに映り、闇に沈んで、銀色の艦殻にあたって潰れた。ほぼ同時にふたつの青い閃光が走り、モニターが白滅した。


 空気がないので、爆発の衝撃波は来ないし、吹き飛ばされた鉄材も二十Gの力場にとらわれて上がってこない。


 が、焼け付くような閃光はベルゼバブのライトニング・アーマーを焦がした。アーマーゲージが消費されて一瞬レッドゾーンに入るが、なんということはない。映像パネルの中で、ずずっと強襲艦の舳先が動く。一度動いてしまえば、あとは加速度的に落っこちてゆく。



「よし」ヨリトモはベルゼバブを反転させた。操縦桿による反重力バーニアの姿勢制御ではなく、水泳のクイックターンに似た動きで身をよじり、そのまま射出口へ頭を向ける。


「オーケーだ、ヨリトモ」通信画面の中でカシオペイアが告げる。「グッジョブ、今作戦のMVPに指名するぞ。いま囚われていた各機がつぎつぎと射出されてくる。こうむらずに済んだ被害は大きい。おまえも早く、離脱しろ。ここで戦死したら元も子もない」


「言われるまでも……」


 ごん!と殴られたような衝撃がコックピットを揺らした。シートベルトに固定された身体が投げ出され、コンソールに身体を打ち付けそうになる。


 ふたたび二十Gの荷重がヨリトモの身体にのしかかっててきた。


「なんだ?」シートのなかで身体が宙づりになっている。ベルゼバブのボディーも動かない。まったく状況がわからなかった。「なにがあった、ビュート!」




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