4 わたくしも戦術兵器の一部ですから


「通常の発艦経路はやられているみたいね」アリシアはアサルト・ライフルを床に向けた。


「ヨリトモは知らないかも知れないけど、この銃は分子分解銃っていって、現行では最高の破壊力を有する火器システムだから、艦のボディーを破壊して外まで穴を掘ることは、それほど難しくないわ。こっちのヘルプウィザードの計算だと、床方向に十メートルで、さっきいたコミュニケーション・ロビーの床に到達。あとはフロアをぶち抜いて、外に繋がる窓から脱出できる。艦のライトニング・アーマーも止まっているようだし問題ないわ。あなたの機体には銃器が装備されてないみたいだから、あたしのグリフォン一機でやる。少し離れてて。時間もあまり無いみたいだし」



「わかった、そっちは任せる」


 ヨリトモはベルゼバブを下がらせると、手にしたカスール・ザ・ザウルスを背中に装備された縦割れ式の鞘に納める。



 情報画面の中ではカシオペイアと、閉じ込められたパイロットとの会話がつづいている。


「映像は確認した。六番艦のシステムに介入して反重力カタパルトの停止を試みているが、難しい。艦の制御システムが逝ってしまっているようだ。画像で確認したが、グレイト・ホール内の艦殻がめくれて、銛の返しのように強襲艦のボディーに突き刺さり、それがつっかえている。反重力カタパルトで二十Gもかかっているから、そのつっかえた艦殻を破壊できれば、強襲艦は反重力カタパルトの力場に加速されて外れるはずだ。そちらから、つっかえている艦殻を破壊できないか?」



 アリシアのグリフォンが、分子分解銃を腰だめに構えて、銃口を床に向け、フルオートでグリーンの粒子弾を連射した。あっという間にデッキの床が白煙をあげて消滅してゆく。見ていて気持ちいいくらいに金属の床が消えて大きな穴が開いてゆく。



「無理だ。二十G以上の力場だぞ。腕も上げられない。だれか、外から破壊してくれないと、おれたちは自力で脱出できない。自分でできるんなら、だれが頼んだりするかよっ! いいから、早く救援を寄越せって!」



 囚われのパイロットは金切り声を上げている。無理もない。いま彼らは、その場所で身動きさえとれずに、機体削除、プラグキャラ削除の恐怖に怯えているんだ。



「こちらの方でも対策は模索している」カシオペイアが冷静に答えている。「が、いつ反物質が流出して対消滅炉が爆発してもおかしくない状況だ。しかもグレイト・ホールの出口が塞がった状態で、ほかのパイロットを内部に派遣するのは、リスクが高すぎる……」



「ミイラ取りがミイラに成るとでも言いたいのかっ!」パイロットも激している。



「ヨリトモ、オッケーよ」通信画面内のアリシアが言う。映像パネル内でグリフォンが促すようにアームを差し出して、床に開いた大穴を示している。「外まで繋がったわ」


 彼女の言葉通り、いまデッキ内のエアが艦外へ放出されはじめ、周囲の視界を奪っていた煙が取り払われてゆく。あっという間に周囲の映像がクリアになっていった。



「アリシア、すまない」ヨリトモはベルゼバブのアームで床の大穴の方を示す。「先に行っててくれ」


「はあ?」アリシアは不機嫌に眉をしかめる。「ちょっと、まさか、立ち往生している奴らを助けに行くつもりじゃないでしょうね?」


「おかしいか?」


「おかしいわね」アリシアは不機嫌に言葉を尖らせる。

「この艦は、もういつ対消滅爆発を起こしてもおかしくないのよ。ぼやぼやしていたら、あたしたちも巻き添えになるわ。ここで下手に味方を助けに行って、ヨリトモ、あなた、そのユニーク機体を失ってもいいの? フレンドでもない見ず知らずのプレイヤーを助けに行って、自分も機体損失、プラグキャラ喪失するかも知れないのよ」


「うん。だから、君は脱出してくれ」


「あなたが助けに行く必要ないと思うわ。絶対変よ」


「分かってる」ヨリトモは肩をすくめた。「まあ、これはおれのプレイ・スタイルだと思ってくれ。戦場で自分が助かることばかり考えていたら、気づくと生き残っているのは自分だけになる。自分だけが助かろうとすれば、いずれ我が身も滅ぼす。おれはそう信じている。でも、そのおれのスタイルを人に押しつける気はない。アリシア、早く脱出してくれ」


「呆れて物が言えないとは、この事ね」グリフォンがやれやれとばかりに腰にアームをあてる。妙に人間臭い動きだった。「じゃあ、先に脱出させてもらうわ。命があったらまた会いましょう」



 グリーンのカーニヴァル・エンジンはくるりと背を向けると、人工重力の効いたデッキ内から、するっと身体を反転させて、外部へと繋がる床の穴のなかへ消えていった。


 ヨリトモはその姿を見送ると、ビュートの映った画面をちらりと見る。


「ここで機体喪失になったら、おまえはどうなるの?」


「消えますね」素っ気ない。「他の機体があってバックアップが取れていると、そこにわたくしのコピーが存在できますが、ヨリトモさまは当機しか所持されていないので、少なくともわたくしは消失します」


「ごめん、怒っている?」


「なぜでしょう?」


「おれが失敗すれば、ビュートは消えちゃうんだろ?」


「構いません」画面のなかで黒髪のヘルプウィザードはきっぱりと言い切る。「わたくしは、ベルゼバブのヘルプウィザードです。ベルゼバブが失われてわたくしだけ残っても仕方ありません。わたくしは死ぬのは怖くありません。だって、わたくしも、戦術兵器の一部ですから。戦場で死ねるのならば、本望です」


 ヨリトモはビュートの目を見て無言でうなずくと、ベルゼバブを前進させた。


「ビュート、ナビを頼む。グレイト・ホールへの経路を教えてくれ」




「このまま真っすぐです。壁の開口部が斜路になっていて、リニア式自走路からそのまま力場式エアロックにつながり、その向こうがもうグレイト・ホールに合流しています。ですが、ヨリトモさま。強襲艦が引っかかっている艦殻を破壊するには、爆弾かなにかが必要になります。当機の固定装備カスール・ザ・ザウルスは金属生命体より鍛えられた獣刀で、金属細胞によって構成された刃部を高周波振動させ、切断によって刃部が摩耗すると鋸状に削れるため、切れば切るほど斬撃力が増す、自己修復および自己進化する究極の刀剣です。が、二十Gがかかった力場内ではベルゼバブ自体、活動不能のため──」



「内部のマップを作れるか?」長くなりそうなので、話を変える。


「データが足りません。カシオペイア将軍に連絡してこちらに転送してもらうしかないと思います」


「仕方ない。気が進まないが、お伺いをたててみるか」


 言い終わらないうちに、ビュートが操作をしたらしく、情報画面にコールマークが点滅しだした。そうこうしている間も、艦体の揺れはますます激しくなる。果たしてあと何分もつのか? 艦爆発までのタイムとかの表示はないのか?とヨリトモは歯噛みする。


「ちょっとまってくれ」コマンダー通信で流れてきていたカシオペイアの声が、他のパイロットの言葉を遮る。「緊急連絡だ。おい、……えーと、ヨリトモ?」


 カシオペイアが驚いた声をあげる。まあ、あいつの驚いた声なんて滅多に聞けないから、それだけでも意味があった。



「ヨリトモか、久しぶりだな。いつこっちに来た?」カシオペイアの声がコックピットに反響する。コマンダー通信のためか、変なエコーがかかっている。


「さっきだよ」ヨリトモはぶっきら棒に答える。「きょう発売のゲームで、なんでおまえは将軍なんだ?」


 つい嫌味を言ってしまった。


「おれは開発段階からこのゲームに参加している。いまも初心者プレイヤーを導く立場で、なかば開発チームのメンバーとして、ここでみなを教導している。なにやら、このおれに対して『ふざけんな』と言いたげな顔をしているが、それはそっくりお返ししよう。おまえこそ、訓練生、すなわちチュートリアルも終わっていない状態で、なんでユニーク機体に乗っている?」


「最初に出たのがこれだ」


 ヨリトモの答えに、カシオペイアが吹き出した。


「おまえほど、めちゃくちゃなプレイヤーをおれは他に知らないぞ!」


「挨拶はこれくらいにしよう。これからグレイト・ホールに突入して、その艦殻とやらを破壊する。おれのいる位置と、突き出した艦殻とやらの位置関係を知りたい。データを送ってくれ」


「わかった、いま送る」


 通信画面の中で、白髪の美男子がこたえる。プラグキャラの顔を昔とすこし変えているようだ。昔は白髪の少年だったが、いまは白髪の青年。黒い眼も青に変えたようだ。ま、ささいな変更だが。


「ヨリトモ、位置が悪いぞ。おまえのいる場所を十二時とすると、突き出した艦殻は二時。グレイト・ホール内の角度にして六十度ずれている。内部には強襲艦の艦首が突き込まれているから、直接狙えない。普通に考えて、グレイト・ホール内を移動すればいいが、内部の人工重力は二十G。あっという間に艦首方向に加速して強襲艦と壁面との接合部に激突する」


 送られてきたデータをもとに、ビュートがシミュレーション画面を作ってくれる。


 合流点から飛び出したベルゼバブが、二十Gの重力下で加速される様子をアニメーションで表示されているのだが、笑っちゃうくらいあっという間に激突している。



「ビュート、これ、ベルゼバブが全開でスラスター噴射すれば、どれくらい制動がかけられる?」


「シフト6のパワーならホバリング可能だと試算します。ですが、シフトは上に行けば行くほど、パワーは上がりますが姿勢制御が効かなくなりますし、シフト6での長時間の全開噴射は、スラスターのオーバーヒートを引き起こすので難しいです。5で落ちながら、手早く正確に真上に到達するのが一番現実的ですが、ヨリトモさまはカーニヴァル・エンジンで宇宙空間のスラスター噴射は未経験ですよね?」


「戦闘機ゲームで、垂直離着陸機のハリアーでさんざんやっているから、なんとかなるだろう。しかし、二十Gの重力下でホバリング可能とは、もの凄い推力だな」


「ベルゼバブの加速力は、宇宙一ですから」


「それホント?」


「ヘルプウィザードは嘘つきません」


 苦笑しながら、ヨリトモは六番艦のダメージ状況を表示している画面をのぞく。後方から反物質漏れによる対消滅の爆発が連鎖して拡大してきている。あまり余裕はない。


「カシオペイア、いまからグレイト・ホールへ進入する」


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