3 壊れているもんか
「ヨリトモさま」ビュートは冷静に解説を続ける。「監獄星カブトムシは案外ゆっくり真っすぐ飛んできます。直撃を受けなければ、ベルゼバブはライトニング・アーマーが頑強なので持ちます。ただし背中は見せないでください。ベルゼバブの装甲は、物理も力場も背面がとくに弱いんです」
「ああ、それ、背中の傷は剣士の恥みたいなノリか?」
ヨリトモは軽口を叩きつつも、唇を噛む。ベルゼバブは耐えられるが、アリシアと彼女の愛機は助かるのか? そして艦体はもつのか?
ここで一気に飛び込んでヘクトロルの首を落としても、監獄星カブトムシは別の生物なのだから、発射され、爆発するだろう。どうする? なにか方法はないのか?
「ちがいます」ビュートが、ヨリトモにとってどうでもいいことを否定する。「ベルゼバブは近接格闘用のカーニヴァル・エンジンです。敵機との間を詰めるために、流れ弾のひとつやふたつは、いつでも胸に刺さってるんです」
ああ、死中に活を得るってやつね。
ヨリトモはぱちんと指を弾く。それだ。イチかバチか、やってみよう。
ヘクトロルが巨体をゆすって立ち上がり、躊躇なくドリルアームの先端をこちらに向けてくる。そのドリルの先端近くの孔の内部で、ぽっと青い炎が立ち上がった。
「ヨリトモさま、よけてください!」ビュートが悲鳴のような声をあげる。「直撃は危険です!」
ヨリトモはベルゼバブに、長大な大太刀カスール・ザ・ザウルスを胸の高さで垂直に立てて構える。まっすぐ、案外ゆっくり飛んでくるってのは、本当なんだろうな。つうっと脇の下から汗が背中に流れてゆく。これは自室で寝台に横たわる頼朝の肉体が流す汗だ。
こちらにまっすぐ向けられたヘクトロルのドリルアームから、青い炎を放って監獄星カブトムシが飛び出してきた。結構速い。BB弾くらい速い! しかも狙いが正確。監獄星カブトムシは、ヨリトモが構えた刃に向かって一直線に飛んでくる。
ヨリトモはよけなかった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」ビュートが悲鳴を上げ、監獄星カブトムシがベルゼバブに直撃してきた。ヨリトモは長大な大太刀の刃をまっすぐ振り下ろす。
ふたつに割れたカブトムシが内部からまき散らしたロケット燃料に引火した炎をまき散らしながら、左右に落ちてゆき、デッキの床に転がる。
目をぎゅっと閉じて頭を抱えていたビュートはこっそりと目をあけた。「……って、爆発しませんね」
「ふたつに割ったからな。たぶん二分割されてプルトニウムが臨界量に達しなかったんだろうさ」他人事みたいに言ってヨリトモは、ベルゼバブの機体をヘクトロルに突進させていた。
核爆発に対して防御姿勢をとっている恐竜兵器の腕を思いっきり切り落とす。細い大根を両断したみたいに、小気味よくヘクトロルの腕が落ちてドリルが転がった。切断されたと気づかないドリルが床の上で怒ったように回転を続けている。が、床に落ちているので、正確には回転しているのは、切り落とされたヘクトロルの腕の方だが。
ついでもう片方の腕も切り落とす。
さらに刃を返し、痛覚が無いのか、なにが起こったか分からず、きょとんとしているヘクトロルの首を切り落とした。
巨大な二足歩行の恐竜が、腕と首を失っても、長い尻尾による安定性から倒れずに立ったまま動かなくなる。ゲーム空間の規制のせいか、血は全く流れない。
ピピピと警告音が鳴り、近接レーダー画面に背後で起動したカーニヴァル・エンジンがあることを教えてくる。振り返ると、ミドリ色のボディーを持つアリシアの機体グリフォンがゆっくりと歩み寄ってきている。
さっきまでは死んだように寝転がっていたグリフォンだが、いまは胸部ベンチレーターを始動させ、全身から陽炎を立ち上らせて放熱を繰り返している。
「ちょっと、ヨリトモ、どうゆうことよ?」ビュートの隣の通信画面に、コックピット内のアリシアが映る。「なんで艦内で武器が使用できるの? あんたの機体の良心回路は壊れてるんじゃなくて?」
良心回路とは、敵味方識別装置のことであるそうだ。この装置がきちんと作動していると、味方に対しての攻撃はできない。また、敵の手前に味方がいたり、あるいは自軍艦内での攻撃行動も不能なのである。
通常味方を誤射するということは、ゲームではないのだが、この『スター・カーニヴァル』は特殊で、敵も味方もゲーム空間が作り出した物質はすべて破壊可能。
そうした上で、敵と味方にフラグを与えて戦争をさせている。そのため、敵味方識別プログラムが各機体に与えられ、それがプレイヤーに行動制限を与えるらしいのだ、と、あとで聞かされたが。
ならば、味方艦内に侵入した敵を攻撃できない方が、本来はおかしい。
「壊れているもんか」ヨリトモは口をとがらせて否定する。「ちゃんと敵を倒して、味方を救ったぜ。これが本来の敵味方識別の仕事だろ?」
アリシアの映る通信画面の隣で、ヘルプウィザードのビュートがやれやれと肩をすくめている。
「通達する。こちら第六艦隊司令カシオペイア、六番艦内部の諸君に告ぐ。繰り返す。通達する。こちら第六艦隊司令カシオペイア、六番艦内部の諸君に告ぐ……」
通信回線に音声が割り込んできた。
「カシオペイアだって?」ヨリトモは驚き、ビュートの方へ問うような視線を投げる。
「艦隊司令をしているパイロットからの通達です。上級プレイヤーが乗るコマンダー機は、すべての機体に対して強制的に通信回線を開くことができます。ここでは六番艦のパイロット全員に規定した通信チャンネルが開かれています」
「カシオペイアって、……あのカシオペイアか?」ヨリトモは首を傾げる。
「カシオペイア少将です。将軍ですね。ご存知ですか? でも、ヨリトモさまは、先程この戦場にいらっしゃったばかりなんですよね?」
「昔の戦場で、ちょっと会った、かな」ヨリトモは口を濁す。「しっかし、本日発売のゲームで、どうして将軍なんだよ。テストプレイでどんだけやってたんだって話だな。アホか、こいつ」
「星間同盟の奇襲により、六番艦のグレイト・ホール、つまり発艦口が敵ランス級強襲艦の特攻により塞がれている。現在発艦が不可能な状況だ。さらに悪いことに、敵強襲艦より射出された共生生物兵器ヘクトロルが多数艦内に侵入。ハンガー内のカーニヴァル・エンジンを破壊している。現在人形館司令部は、対応に努め、カーニヴァル・エンジンのハンガー内収容、反物質タンクの回収などに苦慮しているが、被害は拡大する一方だ。人形館司令部は、ここに六番艦の放棄を決定し、各プレイヤーのデータを保存、新たな艦への振り分けを確約した。よって、各プレイヤーは直ちにログアウトせよ。データは保存される。安心してログアウトせよ。カーニヴァル・エンジンに搭乗中のプレイヤーはただちにハンガーに戻れ。それが難しい者は、艦外に出て指示を待て。すみやかに新たなハンガーに関するデータを送信する」
言い終わるタイミングを計ったように、ずーんという振動がデッキの床を揺らし、奥の方で爆発が起きた。
赤い炎の柱が幾本か、床を突き破って吹き出し、破壊されたハンガーが宙に舞って、別のハンガーの上に落下する。鉄クズが鉄クズを生み、黒煙が立ち上り、爆風に乗ってこちらに流れてくる。
「うかうかしてられないわね」アリシアの機体が前に出て、メタリックグリーンのボディーが映像パネルに映り込んでくる。「おそらく超光速航法リニア・ドライブから抜けてきたランス級が、六番艦のすぐ前に出て来たんでしょうね。確率的に、なかなかこう上手くは行くもんじゃないけど」
グリフォンは、メタリックグリーンのボディーに補色としてゴールドのラインが走っている。
頭部は大きく開いたクチバシの中に顔があるデザインで、カメラアイは大きいバイザー型。アームとレッグはソリッドな意匠だが、胸部と腹部は柔らかい曲線を描いており、手首にワシの爪を模した突起、足首にライオンの爪を象ったスパイクが装備されている。
背中の反物質スラスター・ギミックは平べったく、左右の空力スポイラーは大型。展開すると鷹の翼のように大きくなりそうだ。
この機体も中々カッコいい。ベルゼバブには負けるが。
「あたしは五番艦所属だから」アリシアが緊張した声音で告げる。「ここでやられると、機体の補償がないから、なんとしても脱出するわ」
「それはこちらも同様だ」ヨリトモはすぐに返信する。「うちのヘルプウィザードによると、今の爆発でさっきのおれのハンガーは吹き飛んだらしい。なんとしても脱出しないと、機体削除のうえに戦死決定だとさ」
グリフォンは右のアームを背中に伸ばして、スラスター・ギミックとウイング・スポイラーの間にある背部ウェポン・ラックからアサルト・ライフルを取り出した。前半分がカラシニコフで後ろ半分がM16みたいな、わかりやすいデザイン。弾倉は斜めに伸びる長いやつが嵌まっている。
「ビュート、脱出経路は?」ヨリトモがたずねると、右の情報画面に六番艦の状況マップが映し出される。ヨリトモはいまだ艦の外に出たことがないから、母艦のビジュアルを目にするのは初めてだ。
ヒパパテプス級の艦体は、細長いペンシル状で、艦首に、ジンベエザメの口みたいな穴が開いている。これが搭載されたカーニヴァル・エンジン用反重力カタパルト、『グレイト・ホール』の出口になる。グレイト・ホールは艦体内部を貫く空洞で、その直径、実に600メートル。何機ものカーニヴァル・エンジンが大挙して一度に発進できる大型の発艦口である。
いま簡易CGで表示されたヒパパテプス級の画像では、このグレイト・ホールの射出口に、円錐形をした敵の強襲艦が突き刺さり、カーニヴァル・エンジンの発艦を遮っている。と同時に強襲艦の艦首付近、力場射出管からつぎつぎとヘクトロルが吐き出され、そいつらが大挙して艦内に侵入、破壊の限りを尽くしている状況だ。
艦内のだれかがカシオペイアのコマンダー機ソロモンへ通話要請をだし、カシオペイアがそれに応じため、二人の会話がコマンダー通信によってヨリトモのいるコックピットに響いてきた。
「助けてくれ、カシオペイア。グレイト・ホール内で立ち往生している。反重力カタパルトが動いていて、グレイト・ホール内は二十G以上の力場が発生している。だが、出口を敵のランス級強襲艦が塞いでいるため脱出不能だ。二十G以上の反重力の力場内で、デッキにもどることもできず、ここで十数機のカーニヴァル・エンジンが閉じ込められている。なんとか、おれたちを救出することはできないか?」
画面が何分割かされ、外から撮影したヒパパテプス級の画像と、内部に閉じ込められたカーニヴァル・エンジンからの画像が複数、右の情報画面内に小型ウィンドウとして開いている。
と同時に、艦内での爆発も激しくなっているようで、デッキの内壁が波打つように揺れている。黒煙もさっきより濃くなり、ずーんとくる爆発の衝撃もだんだん頻繁になってきた。
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