3 バレル・ロール


「ヨリトモ!」ケメコが画面の中で叫んでいる。「突撃するとはどういう意味だ! このまま突っ込んだら、敵の対空砲火にやられるぞ」


 ちゃんとついてきておいて、よく言うよ。ヨリトモはちょっと可笑しくなって、ヘルメットの中で口元を緩める。


「対空砲火は来ない。敵は戦闘機を出してきた。戦闘機が出ている間は、対空砲火はない」


「なるほど」ケメコは黙る。


 シンクロル・レーダーの中で、要塞から上がってくる赤い光点の群れが壁のように押し寄せてくる。赤は敵。ものすごい数の戦闘機が上がってくるようだ。対する味方の反応の青は、背後にたった二つだけ。


「敵宇宙戦闘機ナイトメア部隊。前方より接近中」ビュートが報告する。「このまま突っ込むんですか?」


 ナイトメアのデータはすでに調べてあった。


 四角い座布団みたいなデザインの宇宙戦闘機で、噴射装置は四辺にあるだけ。姿勢制御用小型バーニアは持っているようだが、基本上下左右の二次元移動だけで、座面に配置された固定式のメーザー・バルカンで攻撃する。だたし威力が弱いので、かなりの弾数を当てないと、カーニヴァル・エンジンは落とせない。


 いま上がってくるナイトメアは、最大噴射で加速している。ということは、座面、すなわち主武装はこちらを向いていない。

 こちらを攻撃するには、姿勢制御して九十度回頭しなければならず、そうすると減速を余儀なくされる。だが、大集団で上昇してくるのだ。その一部が、ヨリトモたちたった三機を攻撃するために、足並みを乱すことはできない。

 ということは、突撃している以上、ナイトメアからの攻撃はない。



「ケメコさん、ナスタフさん、このまま敵戦闘機部隊とすれ違います。向こうからは撃ってこないはずだから、あいつらは放っておきましょう」


「撃ってこないって、どうしてそう言い切れるんだよ。撃ってくるかもしれないじゃねえか!」ケメコのもっともな意見、だが。


「撃ってきませんよ。撃ってきたら、そのときはそのときで」ヨリトモは苦笑する。なんか、言いたいことを思いっきり言うケメコに、ちょっとした爽快感を感じ始めている。「ナスタフさん、最大加速でついてきてください。正面衝突だけ注意して。でも。広い宇宙空間、そうそう正面衝突はないでしょうけど」


 ほどなく敵戦闘機ナイトメア部隊がベルゼバブのロックオン圏内に入ってきて、映像パネルにつぎつぎと緑色の四角いコンテナが表示される。黒くて小さい敵影は、宇宙空間の夜の闇にまぎれて視認不能。


 だが、進行方向からゾーンプレスしてくる敵機の大部隊がつぎづきと電磁波レーダーに捉えられ、正面映像パネルが四角いコンテナで一面緑色に染まっていく。そら恐ろしい数だ。



「ヨリトモ、本当にだいじょうぶなのか?」ケメコの半泣きの絶叫が響く。

 本当に大丈夫かどうかはヨリトモにも分からないが、あの中に飛び込んでしまえば、同士討ちを恐れて敵は絶対に撃ってこない。


「だいじょうぶです」わからないけど、ここは言い切っておく。


 ただし、本当に危ないのは、そのあと。要塞にとりつく直前だろう。そこをどう掻いくぐるか。



 一気にフルスロットルで駆け抜けてしまいたいが、ケメコとナスタフを待たなければならない。ヨリトモはシフト3のハーフ・スロットルで後続の2機を待ちつつ、雨のように降り注いでくるナイトメアの集団の中につっこんだ。


 レーダーは周囲すべてが敵を示す赤を表示。映像パネルは、緑色のコンテナの海。ナイトメアの噴射するロケット光が火を焚きながらヨリトモの周囲を駆け抜けてゆく。四角いボディーに、顔のようなカメラアイと、笑った口のようなレーザーバルカン発射口。夢に出てきそうだ。

 耐えきれなくなって、背中のカスール・ザ・ザウルスを抜き放つ。


 もし、真正面に来たら、叩き斬るつもりだった。太刀を抜いたら、すこし心が落ち着く。


「ヨリトモさま、そろそろ抜けます」ビュートの報告。


 ヨリトモはシンクロル・レーダーを一瞥する。

 せり上がってきていた敵反応の赤い壁から、もうすぐ抜け出せそうだ。


「要塞の対空砲火の情報は?」


「画像解析から、分子分解砲24門の射程内に入ります。プラズマ・ミサイルポッドは124基、実弾系キャノンは243門。これらすべてのホーミングから回避するのは、かなり困難かと予想します」


「聞くんじゃなかったな」ヨリトモは舌打ちする。「やっぱ、バズーカとかマシンガンとか買ってくるべきだったなあ、ポイント溜まってるんだし」


「わかってませんねえ、ヨリトモさまは」ビュートがちっちっ、と人差し指を振る。「ベルゼバブは近接戦闘専用カーニヴァル・エンジンです。ベルゼバブに銃は要りません。突っ込んで斬るだけです」


「はいはい、左様でございますか」ヨリトモは戦術リンクに言葉を投げる。「ケメコさん、ナスタフさん。おれが先陣を切って、要塞の対空砲火を引きつけます。真後ろは流れ弾が来て危険ですので、コースをずらしてください」


「対空砲火を引き付けるって、ヨリトモ」ケメコが画面ごしにぎろりと睨んでくる。「要塞からの集中砲火を喰らったら、お前だって、ひとたまりもないぞ」


「大丈夫です。全弾、躱しますから」



 ヨリトモはスロットル・ペダルをいっぱいまで踏み込んだ。シフトを小気味よく上げてゆき、6へ。背部のメイン・スラスターが咆哮し、機体がぶるぶると震える。まるでベルゼバブが武者震いしているようだ。


「射程内、きます」ビュートが鋭く叫ぶ。


 ヨリトモは無言で、手足を激しく動かした。


 操縦桿を操作して姿勢制御をしつつ、メインのスロットル・ペダルをつま先で踏み込みながら、踵だけで右端にあるサイド・スラスターのペダルを踏む。


 とたんに、ベルゼバブが、中心のずれた嫌な感じの錐揉み飛行に入る。正面映像パネルの中のピッチスケールが、揺動しつつ、ふらつく様な回転を始めた。


「最近、やっと分かったんだよ」ヨリトモはビュートに告げた。「カーニヴァル・エンジンでバレルロールをやるコツは、サイド・スラスターのペダルの踏み込み加減の調節が重要だってことが」


 真正面に見えていた、でっかいフリスビーのような第七要塞が、ぐいぐい大きくなってくる。

 要塞表面を彩るような対空火器の砲口が一斉にこちらを向き、緑色のビームや赤いプラズマ砲弾を放ち、小型のキャノン砲からは実弾系の砲弾が発射された。視認できるもの、できないものが、入り乱れてベルゼバブに襲いかかる。


 が、バレルロールによって螺旋状の軌跡を描きながら高速降下するベルゼバブを、きちんと追尾照準できる物はひとつもなかった。というより、下手に追尾するために、そのすべてが下方から見て円運動するベルゼバブの機影を捉えきれない。

 宇宙空間で円運動するものは少ない。それを追尾するシステムも、追尾できたとしても、それに応じて円運動できる制御システムも存在しない。弱ホーミングがかかったビームも、強い追跡力を有するミサイルも、ひとつとしてベルゼバブに命中することはなかった。


 ベルゼバブは雨あられと降り注ぐ砲撃の海の中、そのすべてを回避して要塞表面へ突っ込んでいく。



 要塞がぐいぐい近づいてくる。そろそろ減速に入る距離だ。


「ヨリトモさま、ブレーキ、ブレーキ!」ビュートが叫ぶ。


 要塞表面が迫る。どこだ? どこまで火砲の首は回る? 頭からベルゼバブを突っ込ませながら、ヨリトモは手近なレーザーバルカンの砲身にカメラアイをズームする。あれは短射程の火器だ。あれが火を吹き始めれば、大型火器の射程ではないということ。ヨリトモはベルゼバブをバレルロールさせ、一度首を回して、もう一度レーザーバルカンを見る。


 動き出した!


 ヨリトモはベルゼバブを猫のようにクイックターンさせ、全開噴射で逆制動をかける。


 周囲で動き出した短距離防御兵器が自動追尾で射撃してくるが、その反応を上回る加速力、というか減速力でベルゼバブが急減速をかけ、ビームが足元のさらに下ばかりを薙いでいる。


 それでも止まれない。やばい、地面に激突する。ルックダウン画面の中で、鉄材で防護された要塞表面があり得ない高速で迫ってきている。


「ヨリトモさまっ」ビュートが呻くような声をあげる。


 スロットル・ペダルを床まで踏み抜き、操縦桿をめいっぱい左右に開いて反重力バーニアの上昇をかけつつ、操縦桿にバイクのブレーキペダルみたいについたフットスラスター・レバーを握力の限り握り込む。さらに指を伸ばしてシフターを弾いた。


 正面映像パネルの隅でシフト表示が『滅』に入る。ぼっ!っと炎のような青いプラズマを燃え立ち、滅点ダッシュ・ユニットが作動した。


 一秒後、ベルゼバブは、足から要塞に激突。鉄材を突き破って、ど派手なキックを要塞にかまし、反動で浮き上がったところを、慌てて反重力制御で再び降下して、なんとか着陸した。



 見上げると、大型火器の対空砲火を掻いくぐり、いまは地上からのレーザーバルカンに追い立てられながら、ケメコのインフィニティーとナスタフのドラミトンがジグザグに降下してくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る