カーニヴァル・エンジン戦記1「悪魔のカーニヴァル・エンジン」

雲江斬太

プロローグ

0 エリート


 あたしはじいっと天空の一点を見つめていた。


 すでに陽は傾き、赤く焼ける地平をのこして、空は紺碧に染まろうとしている。あたしは精神を集中し、遠くを飛行する機体のコントロールに神経をとがらせる。

 冬が近づきつつある季節。滑走路を渡ってくる風は冷たく鋭い。ゆったりしたウォーターシートはやわらかくて心地いいが、容赦なくあたしの体温をうばう。最近自慢の黒髪をばっさり切って短髪にしてしまったから、うなじがすーすーして寒い。きっちり着こんだ軍服が強い風にはためいていた。


「…ール? …ドゥール・ツァルトラル少佐…」


 耳元で呼ばれてあたしはシートの傍らに立つプルーア将軍をちらと見た。

「機はまだかね?」


 将軍も寒いと感じているのだろう。列の両脇に並ぶ、最高司令官や大統領、評議委員長のことを心配しているのかもしれない。首が危ないのにヒゲの心配をするとはこのことだ。惑星まるごと消滅するかもしれない危機だというのに、自分の保身を考えている。


「もうしばらくお待ちください、将軍。すでに第五エリアに侵入しています。おそるべき速度です」

 反対側からクローラ大佐が助け舟をだしてくれる。あたしはプルーア将軍を無視して目を閉じた。


 とにかく機をコントロールしている時に、横から話しかけられるのは危ない。三つのことを同時にやるのは無理なのだ。


 たしかにあたしは選ばれたエリートだ。特殊な才能に恵まれた天才少女だろう。だが自分に何が出来て何が出来ないか、十分にわかっているつもりだ。あたしに、いやあたしたちに三つのことは同時にできない。あの新しい奴らとは、そこが大きくちがうのだ。


「結局あの最強と言われる奴は手に入らなかったのかね?」大統領が不満げにいった。


「はい」クローラ大佐が申し訳なさそうにこたえる。「しかし大統領。戦闘能力的には実はそれほど変わらないのです。彼女の入手した機体でも十分高性能なのです」


 天空の一点にぽっと白い光がともった。

「きました」クローラ大佐がほっとした声をだす。たぶん彼のことだから、安心半分自慢半分で、左右に居並ぶお歴れきを見回していることだろう。


 あたしは機の操縦にさらに集中する。機上から空港の位置を確認し、速度と角度をあわせる。スポイラーを調節しフラップを展開する。姿勢制御を慎重におこなって、スロットルをゆっくりしぼった。


 天空の一点に見えていた光点はあっという間に大きくなり、メタリックグリーンに輝く美しい機体と、大地を揺るがす巨大な噴射炎の複合体に成長した。見る見る大きくなったそれは、彼らの頭上で一度静止し、ゆっくりと降下してきた。居並ぶお偉方はもちろん、クローラ大佐までが、「おおっ」というどよめきをもらす。


 噴射の爆風に煽られて将軍たちが腕で顔をかばいながら後ろへ二歩三歩と後退する。


 風がおさまった時すでに、神ごうしくも美しいミドリの機体は音もなく滑走路に着陸しており、内部に圧倒的なパワーと火力を秘めているとはとても思えない優雅さで、そこにたたずんでいた。


「これが、そうか……」大統領がうめくようにつぶやいた。


 居並ぶすべての者が、あたしの機体に圧倒されているのはとてもいい気分だった。


「これが彼女のグリフォンです」クローラ大佐がさも自分のことのようにいう。あんただってグリフォンを見るのはこれが初めてだろうに。


「これがあれば戦局は大きく傾くのではないかな?」新しいおもちゃを買ってもらった子供のような声を最高司令官があげている。


「いえ」接続をきったあたしは立ち上がりながら冷たい視線で司令官をにらんだ。「どうにもなりません。たぶんあたしたちは、滅びます」


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