3 大気圏突入


 今週から惑星攻略が始まった。


 現在攻略中のガルス太陽系は、第三惑星が敵の本拠地であり、そこに至るため、まずは艦隊の進撃を阻んでいた宇宙要塞を攻略するのが先週までの作戦。

 要塞が破壊され、第六艦隊の侵攻に障害がなくなったため、次はいよいよ本拠地である第三惑星カトゥーン攻略である。


 当然惑星攻略であるから、マップは広い。

 あちこちに防衛拠点があって、カーニヴァル・エンジンの降下も容易ではない。カシオペイアたち首脳部の出した結論は、各艦ごとに攻略ルートを決めて、分散して攻撃、侵攻する作戦で行こうということらしい。


 タグで情報検索すると、そのカシオペイアたちの作戦に不満で、すでに抜け駆けして惑星に突撃した輩が何人かいたようだが、あえなく撃退されてプラグキャラ削除の憂き目にあったみたいだ。

 さすがに惑星ともなると、一筋縄ではいかないのだろう。


 ということで、カシオペイアがさらに慎重策をとって、第一段階として、強力な惑星上の防御拠点をピックアップし、まずはその撃破。すべての拠点攻略まで惑星市街地への攻撃は禁止。攻略の遅れた拠点は、先に攻略の終わったグループが手伝うこと。といった趣旨の新しい作戦案を提出し、これがだいたいのプレイヤーたちに受け入れられた。


 敵拠点はポイントが高いが難易度も高いので、高レベルプレイヤー向けに。難易度の低い市街地攻撃は、ポイントが低いのだから初級プレイヤーのために取っておこうという割り振りだ。


 そしてこの惑星攻略の前に、大規模な配置換えが行われた。


 前々回の星間同盟の奇襲により、六番艦が轟沈したため、急遽十三番艦への振り分けが行われたが、もともと十三番艦は『死神部隊』と呼ばれる腕っこきのパイロットたちが集められた特殊遊撃艦である。

 この十三番艦には現在、六番艦から回された初心者パイロットが大勢いたのだが、それが他艦の空きハンガーへ回され、逆に他艦からは腕のいい新人パイロットが多数、召し上げられてきた。



 ああ、これで自分も十三番艦からおさらばか、と思っていたヨリトモは、なぜか残ることになり、それをムサシに告げると、「おまえじゃなくて、ユニーク機体のベルゼバブが選ばれたんだろうぜ」という嫌味な返答がきた。


 ちなみにヨリトモは過去の作戦で2回MVPを獲得しており、現在の階級は中尉。


 そしてもう一つ。現段階でMVPを2回獲得したプレイヤーは、第六艦隊ではヨリトモ一人だけである。




 その日ヨリトモは、いろいろと考えることがあって、『スター・カーニヴァル』に接続するのが遅れた。まあアリスについてと、彼女への告白についてあれこれ考えていたのだが、あまりに悩みすぎて息が詰まり、気分転換にゲーム空間に来たというところだ。


 正直言って、惑星攻略は、いまのヨリトモにとってはどうでも良かった。アリスのことで頭がいっぱいだから。彼女のことを考えていられれば、それでいい。そんな気分だった。

 薔薇色の人生なのだ。


 だが、一方で、『スター・カーニヴァル』も、ここ最近は毎日こなしてきた日課といえた。一日カーニヴァル・エンジンに乗らないと勘が鈍りそうで、とりあえず惑星攻略に参加することにして、接続してきた。


 中尉になると結構豪華な個室がもらえる。そこに出現したヨリトモは、部屋のシューターからハンガーに横たわるベルゼバブのコックピットまで直行。反重力のクッションにふわりと受け止められてシートについたヨリトモは、コックピット・ユニットにシートが収納されるのを待たずにビュートに指示を出し、システムを起動させる。


「反物質タンク、エントリー。操縦システム、スタート。力場装甲ライトニング・アーマー起動およびイニシャライズ……」


 ビュートが情報を読み上げる。


 ヨリトモも手馴れた手順で、神経接続を待ってベルゼバブを立ち上がらせると、ハンガー前の自走路に乗って斜路を上がり、力場エアロックを抜けて、反重力カタパルト・グレイト・ホールから艦外に射出される。


 外に飛び出すと、目の前に赤茶色の惑星カトゥーンが浮いている。


 すでに艦周辺の敵勢力は排除されたようで、細かいデブリの反応があるばかり。時折ぱりぱりとベルゼバブのライトニング・アーマーが細かい塵に反応して発光している。

 ただし、遠くの惑星上空では、いまだ戦闘中のようで、青い炎や、赤いビームがちかちかと光って交錯していた。


「ヨリトモさま、わたくしたちの配置は、第十八対空架台だそうです。結構難攻不落みたいで、苦戦が強いられている戦場のようですよ」

 ビュートが大気圏突入ルートを示してくる。


 初めての大気圏突入なので、さすがのヨリトモもここはオートパイロットで降下することにする。カーニヴァル・エンジンにもオートパイロットはあるが、これは完全に巡航移動のみで、戦闘時には使えない。また、ちょっと意外だが、ヘルプウィザードには操縦権がまったく与えられていないので、ビュートが操縦を変わってくれるということは絶対にない。


 極めて浅い角度で大気の海に着水したベルゼバブは、ゆっくりと降下して、空力加熱でライトニング・アーマーを燃え立たせ、成層圏に達したのち、操縦系を空戦モードに切り替える。


 オートパイロットを外し、機体を寝かせ、スラスター角度はほぼ零度、真下を向ける。細身のスポイラーを展開し、大気による揚力を得る。映像パネルが切り替わり、進行方向、すなわちコックピット上方を映す。パネルの計器表示が完全に戦闘機のものに切り替わる。


「おーし、きたよ、これ、空戦モード」

 ヨリトモは快哉をあげた。


 みんなが嫌う空戦モードだが、ヨリトモは逆だ。これこそ我が故郷、我が土俵ってなもんである。


 ヨリトモは試しにバレルロールをかまして、ベルゼバブの運動性を確認する。やはりちょっと重い気がするが、許容範囲内だ。


「注意してください」ビュートが警告する。「まだ地上には大型の対空架台が多数現存しています。早急に高度を下げることを推奨いたします」


「へいへい」


 ヨリトモはベルゼバブをロールさせると、逆落としに降下させた。まるで水を得た魚のようだった。



 高度を下げ、指定された戦線に到達したときのヨリトモの第一声は、以下である。


「なにやってんだ、これ」





 何百機ものカーニヴァル・エンジンが、広大な荒れ地に膝をついて遠くに見える山を見上げている。


 山はそう高くもない。ごつごつした岩山で、形はきれいな円錐形。

 ただし山の上に、ここから見ても巨大なプラズマ・キャノンの砲身が二基。そして、それを取り巻くように中型の分子分解砲が十基以上、配置されている。

 そして今も、この大型中型合わせた砲台が、プラズマ砲弾や緑色の分子分解ビームを断続的に、その禍々しい砲口から吐き出していた。


 大型のプラズマ・キャノンは、超長射程の砲台で、プラズマ・アートで構成された砲弾を撃ちだす兵器だ。このプラズマ砲弾は、プラズマ分子で作り出されたプラズマ回路がレーダーと追尾装置を構成させ、高性能ミサイルよろしく目標を捉えてホーミングして命中させるやっかいな兵器。


 周囲の分子分解砲は、光線兵器としては大気中でも威力が比較的衰えない、破壊力抜群の兵器だ。


 現在もプラズマ・キャノンは遠くの戦場へ向けて、超長射程の砲撃を行っており、レーダーに映らないこのプラズマ・ミサイルは、迎撃する側にしてみればとても厄介な代物となる。


 そしてそのプラズマ・キャノンを守るように配置された分子分解砲群。

 近づこうとする無謀なカーニヴァル・エンジンに対して、高所から遠慮ない狙撃を繰り返していた。ときおり遠くで吹き上がる青い爆光は、餌食になったカーニヴァル・エンジンの爆発だろう。


 また手前の平原に、ギザギザと刻まれた地溝のような傷は、分子分解ビームが薙いだ跡であろう。それはまるで渓谷のように、大地に縦長の爪痕を残していた。



 敵の固い防御に攻撃部隊は前に進めず、射程外から遠巻きに第十八対空架台を眺めるばかり。手も足も出ない状態らしい。


「よう、ヨリトモじゃねえか」


 ふいに近くに降下してきた黒いカーニヴァル・エンジンがいた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る