4 銃はいらない


 降下してきた黒い機体は、ムサシのニンジャだ。

 頭巾をかぶったような頭部、鎖帷子に似せた胸の網目状グリッド、細い手足と全体的にスレンダーな体形が、隠密および高速戦闘が得意であることを物語っている。ムサシのニンジャの装備は、片手にサブマシンガン。背中のラックには、超高励起プラズマ力場域で構成される刃を作り出すビーム・ソードが二本装着されている。二刀流か。なるほど、そこだけは宮本武蔵っぽい。あとは全部、ちょっとちがうが。


「雁首そろえて、なに見てるんだ?」ヨリトモは揶揄する。


「見てわかるだろ」ムサシのニンジャが肩をすくめる。「こんな隠れる場所もない、だだっ広い場所じゃあ、近づきようがねえ。いまは、上空からの支援で、あの分子分解砲を黙らせてくれるのを待っている状態だ」


「航空支援がくるわけないだろう」ヨリトモは呆れた。「あのプラズマ・キャノンをどうにかしないで、一体どこから航空支援がくるっていうんだ。だいたい空戦専用カーニヴァル・エンジンなんかに乗っている奴が、艦隊に何人いるってんだよ? おまえら全員バカ面下げて、ここでなにやってんだ」


 思わずオープン・チャンネルで叫んでしまい、周囲の何機かが気まずげに身じろぎする。うち一機が強気に言い返してきた。


「じゃあ、お前がいけよ」


「いいだろう」

 ヨリトモはベルゼバブを一歩踏み出させた。


 売り言葉に買い言葉である。が、算段がまったくないわけでもない。


「ムサシ、突っ込むぞ」


「へ?」ヨリトモに詰め寄られたムサシは、間抜けな声をあげた。「なんで、おれ?」


「あの峡谷を進攻する」


「おい、ヨリトモ、あの川と溝の中を走るってのか? いくらなんでも足場が悪くて……」


「飛ぶんだよ。カーニヴァル・エンジンにも、推進力とスポイラーがある。あの峡谷の中を亜音速で飛行して、いっきに対空砲火を叩こう」


「そんなむちゃくちゃな」ムサシが呆れた声をあげる。


「じゃあ、いくぞ」ヨリトモはベルゼバブにくるりと背中を向けさせると、歩き出した。


「いやまて、ヨリトモ。おまえ、武器は?」


「武器ならここにある」ヨリトモはベルゼバブのアームで、肩の上に突き出したカスール・ザ・ザウルスの柄を叩く。


「いや、つーか、銃はよ?」


「ベルゼバブは近接格闘専用カーニヴァル・エンジンだ。銃はいらない。近づいて叩っ斬る。それだけだ」


「んな。無茶な」さすがのムサシも呆れかえった。


「怖いなら、来なくていい。おれ一人で行く」


 言うと同時に、背中のカスール・ザ・ザウルスを抜き放った。

 身の丈ほどもある大太刀に、周囲から「おおうっ」という嘆息がもれる。ヨリトモはそれを合図に走り出すと、両足のターボ・ユニットをオンにして、機体をホバーさせ、ベルゼバブを滑走させた。


 ターボ・ユニットは、正確にはフローティング・うんちゃらシステムと言って、中級以上の機体には標準装備されている。いわゆるフラットな地形で、足元からジェット噴射して機体を軽く浮き上がらせ、ホバー・クラフトのような移動を可能にするシステムだ。ただし、誰も正式名称で呼ばず、俗称の『ターボ・ユニット』が使われることがほとんどだった。


「くそっ、ヨリトモ、てめえ、おぼえてろよ」叫びながらムサシのニンジャが、ターボ・ユニットにスラスター噴射で追ってくる。

 それを戦術マップで確認して、ヨリトモはにやりと笑うと、低空ジャンプで左方を走る地溝に飛び込んだ。スポイラーを開き、空戦モードに切り替えて、揚力が生まれる亜音速まで加速する。ベルゼバブの周囲で風が逆巻き、細いスポイラーが大気を切り裂いて、ベルゼバブの機体を持ち上げる。



「ムサシ、おまえは右から行け。おれは左からいく。左右から同時に攻めて、敵を攪乱する」


了解ロジャー




 ヨリトモはベルゼバブを峡谷に飛び込ませた。


 河川が長い年月をかけて、岩肌を侵食し、細く深い谷を形成している。見下ろすと、底の方で糸のように細い水の流れが、陽の光を受けて光っている。谷は細く、かなり下流にもかかわらず川幅は三十メートルほど。ここから山をのぼるにつれて、細くなっていくにちがいない。



「ビュート、マップ表示だ」

了解ロジャー


 さっき聞いた言葉を覚えて、すぐに真似してくる。が、そこは突っ込まずにマップに集中する。


 川は細い! そしてかなり、うねっている!


 ベルゼバブの顔をはっと上げて前方を見る。屹立した絶壁が迫っていた。行き止まり?


 いや、ちがう。ほぼ直角にちかい角度で川が曲がっているのだ。

 すかさず操縦桿を倒して姿勢制御し、機体を九十度傾ける。基本通りのバットターンで旋回し、川に沿って峡谷の中を飛行する。視界が開け……、るかと思ったら甘かった。


 ふたたび前方に壁。


 マップを一瞥すると、かなりルートが入り組んでいる。


 ヨリトモは素早く切り返し、今度は反対側へ急旋回。


 ペダルを踏めるところは踏んで行こう。旋回は、急減速からのクイックターンを交える。カーニヴァル・エンジンは飛行機ではない。別に峡谷の底に足をついてもいいし、ぶつかりそうなら岩壁を蹴っても問題ない。


 こんなのは、簡単だ。


 ヨリトモはさらに速度をあげ、亜音速で狭い峡谷内を進んだ。


「ヨリトモさま、敵架台が近いです」


 やがてビュートが報告してくる。

 目を上げると、細く浅くなってきた峡谷の上端、青空が見えるあたりに、雲をまとった山頂と、そこに据えられたプラズマ・キャノンの砲身がちらちら見えている。ということは、その下に据えられた分子分解砲も見えはじめる頃。こちらから見えるということは、向こうからも見えるということだ。


 そんなことを考えた瞬間、斜め前から岸壁に穴を穿うがって、緑色の分子分解ビームが撃ち下ろされてきた。


「うわっ!」

 当たりはしなかったが、至近弾。こちらを狙ってきている。


 厄介だ。すでに峡谷も、細く狭く、そして浅い。川自体、山頂まで届いているわけでもない。ここからは細かい地溝を渡って接近するより他に手がない。


 となると、そろそろ一気に飛び出して、空戦機動でやり合う肚を決める頃合いだ。



 ヨリトモはうねる峡谷の中を亜音速で駆け抜け、姿勢制御しつつ、どん詰まりまで行って一気に急上昇した。


 火口部に配置された砲塔が、一斉にこちらへ振り向いてくる。

 対空架台はどうしても、左右の回頭より、上下の首振りの方が遅い。そこを突いたベルゼバブは一瞬で高度五千メートルまで駆け上がると、そこから逆落としのインメルマンターン機動で一気に急降下に入った。


 あたふたと首を振り、砲口をあげて追尾する対空砲座たちを見下ろしながら、上を駆け抜けてゆくベルゼバブ。だが、いずれの対空砲座も、90度以上の仰角を砲身に与えることはできない。あわてて左右への旋回へ切り替えるが、ベルゼバブの運動性の前でおろおろと翻弄されるばかり。


 ベルゼバブは射角の死角へ滑り込み、そのままプラズマ・キャノンのそばに降下して、入れ違いながら長大な砲身を切り落とした。



 山の頂上を囲むように円形に配置された分子分解砲列も、円の内側に入られてしまえば、他愛もない。ヨリトモは桜並木を花見でもするような歩調で歩きながら、一基一基の分子分解砲を両断していく。


 やがて追いついてきたムサシが、血眼になって分子分解砲座を破壊しまくる。ヨリトモは一歩引くと、ムサシに手柄を譲った。


「ムサシ、おれは今日はもう帰る。あとはみんなでも出来るだろう」


「え、帰るのか?」手を止めずにムサシが答える。


「明日、大事な戦いがあるんだ。今日はこれくらいにしておくよ」


「おお。だけど、忘れるな。明日から都市攻略だぞ」


「ああ」


 一応肯定はしておく。が、都市攻略とは、所詮街を破壊するだけのことだ。爽快感はあるが、ああいうポイント稼ぎは初心者に譲るべきかもしれない。ケメコさんとか、大喜びでやりそうだ。


 しかし、いまのヨリトモには、都市破壊はあまり面白いイベントとは言えなかった。

 彼はベルゼバブを最大加速で上昇させると、母艦への帰途についた。



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