4 じゃあ、今のは誰だ?


 ヨリトモは後ろも見ずに前方へベルゼバブをダイブさせた。綺麗な前方受け身をとってのち、猫のように立ち上がり、振り返るベルゼバブ。


 剣を振り下ろした体勢のグリフォンと、カメラアイの視線を交錯させる。夜の闇の中、カメラアイの放つ光だけが、異様に明るい。ベルゼバブは、手に引っ提げたカスール・ザ・ザウルスの切っ先をあげて、腰を落とす。


 妄想の話はわけが分からないが、襲ってくるというのなら上等だ。相手をしてやる。理由はどうあれ、アリシアのやってることはプレイヤーキル。見過ごす訳にはいかない。


「ヨリトモ、いつぞやの戦闘機ゲームの決着をここでつけるか」アリシアは言うと、グリフォンが手にした剣を一振りした。


 剣の刀身がばらけて、地面に転がる。が、細かく砕けた破片と見えた刀身のひとつひとつが、光を放つワイヤーで一本に繋がっている。


「スペシャル・ウェポンの蛇腹ガリアンソード『グレイプニル』です。間合いが広いので、ご注意を」


 ビュートがいつもの調子で警告してくる。ヨリトモがちらりとそちらを見て集中が切れたのを見透かしたように、グリフォンがグレイプニルを振るった。


 獲物に襲いかかる蛇のように、グレイプニルの蛇腹鞭がしなって襲い掛かる。


 ヨリトモはカスール・ザ・ザウルスの刀身の影に隠れるようにして、グレイプニルの切っ先を外し、それにつづく幾枚かの刃を受け流す。


「ご注意ください、ヨリトモさま。グリフォンはベルゼバブの左胸にある良心回路を狙っています。あれを破壊されると、敵味方識別が働かなくなって、エネミーとして味方に狙われる可能性が出てきます」


 それでさっきのツバイカノーネは反応が赤だったのか。だったら撃墜すべきではなかったと思ったが、あとの祭りだ。


 ヨリトモはスラスター・ダッシュで踏み込み、グリフォンに一太刀浴びせようとして、慌てて地面に伏せる。後方から返ってきたグレイプニルの切っ先が、背後から襲いかかってきたのを察知したからだ。


 目の隅に見えたグレイプニルの刀身の動きで、かろうじて読めた。


 アリシアは自らに向けて飛んできたグレイプニルの切っ先を、鞭状刀身を波打たせて動きをキャンセルし、ふたたび頭上に振り上げると、ベルゼバブに向けて――、


 だが、それはさせない。


 ヨリトモは地を這うようにベルゼバブをダッシュさせて、獣刀を低く薙ぐ。


 足元を狙われたグリフォンはすかさずジャンプで逃れようとする。離されたらやられる。ヨリトモはベルゼバブを加速させた。


 ついてゆけ! ベルゼバブの加速は宇宙一だ。


 体当たりするようにショルダー・アーマーをグリフォンの胸部装甲にめり込ませる。吹き飛ばされ、バランスを崩すグリフォンに、抜き打ちぎみにカスール・ザ・ザウルスを振るう。


「くっ」


 画面の中のアリシアが呻く。


 グリフォンがすんでのところでフット・スラスターを吹かし、後方に逃れるが、カスール・ザ・ザウルスの切っ先は、真一文字にグリフォンの胸部装甲を切り裂いていた。


 深くは入っていないが、あれならライトニング・アーマーが欠落してしまい、再起動させないと胸部装甲は丸裸のただの鉄の塊だ。


 ヨリトモが飛び出そうとする足元へ、グリフォンの膝から小型のボムが射出される。


 反射的に回避したベルゼバブの至近距離で、強烈な閃光爆弾が炸裂した。


 映像パネルがホワイト・アウトを起こすが、一瞬の判断でベルゼバブのカメラアイをアームで庇ったヨリトモは、素早いサイド・ステップで、来るかもしれない攻撃を回避しておく。アームをどかし、グリフォンの姿を探した。



 いない。逃げたようだ。もしあそこで攻撃してきていたら、こちらがグリフォンを真っ二つにできたのに惜しいことをした。いや、それだけアリシアが経験値の高い戦士ということか。


 ヨリトモは戦術マップを確認するが、グリフォンらしき反応はない。

 建物の影を走って逃げているな。上昇して追尾するか? しかし狙撃される危険もある。


 だが、彼女を逃がす気はさらさらない。


「ビュート、彼女の航跡を追跡できるか」


「ちょっと難しいです」ビュートは首を振る。「敵味方識別良心回路をキャンセルしています。フレンド登録からの追跡は不可能です。ただし、味方の情報リンクを駆使してエネミー反応を拾うことは可能です。しばらく時間を下さい。それらしき敵を特定します」


「わかった」ヨリトモはうなずく。「しかし、良心回路をキャンセルとは、どういうことだ? それは改造コードによってデータ改竄をしているという意味か?」


「そういうことです」


「しかし、ゲームデータは、ボイド宇宙内にあるんだよな。ボイドは通常のウェブページではないから、不正アクセス自体は可能だとしても、その中のデータ改竄までは不可能なはずだが」


「アリシア・カーライルは、さきほど故意にデータを送って、ヨリトモさまを誘っていました。フレンド・シグナルの欺瞞信号です。目的はおそらくヨリトモさまの良心回路を破壊してエネミー判定にし、戦線を混乱させることかと思います。現在フレンドデータを解析しましたが、過去六十時間のアリシア・カーライルのアクセス情報はありません。彼女はここしばらく『スター・カーニヴァル』にはアクセスしてきていません」


「んじゃあ、今のはだれだ?」ヨリトモはなんということなしに、たずねた。


 てっきりゲームキャラである『アリシア』はなく、さっきのはファースト・キャラで、すなわちあれが、アリシア・カーライルを名乗るプレイヤーの実際の姿かと思った。


 ただし、ちょっとおかしなこともある。普通プレイヤー・キルをするのに、本人の完全認証が可能であるファースト・キャラは使わない。常識的に、使わないだろう。であるならば、有料で手に入れた別のゲーム・キャラか? それなら納得がいく。

 ファーストにしろセカンドにしろ、いやそれ以外のなんであるにしろだ、アリシアがアクセスして来ていないことにはならない。プラグイン・キャラクターなしでボイド宇宙に入ることはできないのだから。


 

「あれは……、あれ……は」ビュートは苦悩の表情を浮かべた。まるでエラーを起こした人工知能のようだった。「あれは……アリシア・カーライルを名乗る女が、本人が……直接、カーニヴァル・エンジンに乗り込んで……」


 ビュートは苦し気にえずいた。青い顔で、喉へこみあげてくる吐瀉物を必死に押さえているようだった。


「本人が?」ヨリトモは呆れた。「これはなんかの、フラグが立ったのか? 特殊なシナリオかなんかが入っているのか? まさか、ビュート、おまえまで、これがゲームじゃなくて本物の宇宙戦争だなんて言い出すんじゃないだろうな」


「あ、あ、うっ」ビュートが喉を詰まらせたようだ。「わ、わたくしたちヘルプウィザードは、パイロットとの会話において、本来『ゲーム』とか『プレイヤー』といった単語を使用することを禁じられています。ですから、これがゲー……とは、言えません……。……ですが、これが本当の戦争だとは……」


 画面の中でビュートは身を折り、首を横に振り続ける。


「これは、実際の戦争なんかじゃないよな。それなら言えるだろ。ゲームかどうかは聞かないよ。これはリアルの戦争ではなく、フィクションの世界だとは言えるんだろ?」


 しかし、ビュートは苦し気に身を折ったまま、両手で黒い髪を搔き毟る。

「お願い……、もう、やめ……て。もう、言わせ、ない……で」



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